道化の国
夢の中3
「な…に…、これ……」
「これで美咲は俺のフィールドから出られない。君の夢は俺が完全に取り込んだ」
呆然と辺りを見回していた美咲が慌てて立ち上がり、再びあちこちに視線を向けた。
黒い海に細い月の光が滲んでいて、他には何も見当たらない。
ざわめく潮騒が無音の世界から美咲を掬い上げたが、変わりに逃げ場のない水辺に切り取られた一画。
美咲の表情は見る見るうちになくなってしまい、力をなくしたようにその場にしゃがみ込んでしまった。
見た事もない世界に美咲は絶望の色を濃くし、床に手をついた。
「もっと早く美咲を連れて行きたかったんだけど、君達の絆があまりにも強固だったから。面倒だったけど、美咲を弱らせていくやり方しか思いつかなかったんだ」
アレスは落胆する美咲に近寄り、下がっている顎に手を添えて自分に顔を向けさせた。
美咲は反射的に身体を仰け反らせると、瞳一杯に溜まっていた涙が頬を伝う。
「俺が見たい涙はセンリを求めて流れる涙じゃない。破滅に追い詰められた、哀れで可愛い美咲の涙が見たい」
寒さを感じさせる笑みでアレスは美咲の瞳に掌を翳した。
「…そして、俺を求めて流す涙……」
「や…ッ!センリ!センリ…ッ!」
翳された手によって作られた闇に、美咲の恐怖が息を吹き返した。
顎にかけられたアレスの手を払い除け、立ち上がった。
逃げ場がないのは百も承知だったが、いても立ってもいられない美咲は走り出そうとアレスを横切ろうとした。
「暴れるなら、こっちにも考えがあるよ」
「い…やああっ!」
しっかりと掴まれた腕を力任せに捻りあげられ、美咲は悲鳴を上げる。
「色々準備があるからね、それまでゆっくりと休んでいれば良いよ」
身動きの取れなくなった美咲の面前に、再びアレスの手が翳された。
逃げ場の失った美咲の意識は、次第に闇へと堕ちていった。
「植えつけたのは孤独と失意。そこから救えるのは、俺の手だけ」
糸の切れてしまった人形の様な美咲を抱き、アレスは口元に笑みを浮かべた。
「美咲は俺だけを求めれば良い」
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