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道化の国
狐雨


木賃宿のような粗末な部屋で、白露はため息を漏らしてベッドに寝転んでいた。


「壊したくはない関係・・・、だが自分で壊してしまいそうな・・・。こんな風になるとは思わなかったな・・・。」


天井を仰いでいた白露は身体を横にし、腕枕で思いつめた表情で古ぼけた壁を見ていた。
思い浮かぶのは倭の国を出てくる数日前に見た、花月の怯えたような顔――。




「白露・・、お前・・・わたくしを避けてはいないか?」

「そんな事はない。」

「いつものように見てはくれない、わたくしと一緒にいてもいつもため息をつく・・・、わたくしは・・・お前に何かしたのか?」

「・・花月が悪いわけではない、・・・・俺が・・・。」


狐雨がポツポツと降り始め、二人の着物に染みを作ってゆく。
差し込む陽の光は所々に降りそそぎ、濡れた大地を照らす。

白露は空を見上げてから、花月に視線を向けた。


「雨が降ってきた、戻るぞ。」

「・・・・・。」


俯いたまま動かない花月は、白露から伸ばされた手を取ろうともしない。


「花月?」
「こんなのは・・、以前と同じではないか・・。」


顔を上げず静かに話す花月は、心なしか震えている。


「こんな風に・・、白露の態度がおかしくなるのは・・・、前に縁談の話が来た時と同じではないか・・・。白露は、わたくしに隠し事をしてるのではないのか・・・?」


次第に雨は花月の髪をしっとりと濡らし、頬に雫を伝わせる。


「わたくしに話せない何かを、白露は抱えているのか?」


過敏なまでに白露の心の内を察知した花月は、怯えたように小さな声で話した。
雨なのか涙なのか、花月は瞳を潤ませて白露の顔を正面から真っ直ぐに見据えた。


不安な気持ちを跳ね除けるように何処か強く、しかし今にも崩れ落ちそうな脆く哀しい瞳で、白露の瞳を見つめていた――。



「あんな風に・・・、辛そうな顔をさせるために気持ちを伝えたわけじゃないのだが・・・。」


暗い表情の白露は身体を起こし、手荷物の中から一枚の便箋を取り出した。

居場所を書いた便箋を折りたたむとそれを握り締め、指を解くように手を広げた。
優雅に羽を瞬かせる藍白の蝶が白露の頭上を一周したかと思うと、白い光の粒を散らして消えていった。


「これで良いだろう・・・。」


再びベッドに身体を投げ出した白露は、沈んだ気持ちを抱え疲労が重く感じてくると、ゆっくりと瞼を閉じた。

花月の弾けるような笑顔が懐かしくもあり、いつも見ていたその笑顔が瞼の裏で鮮明に蘇っていた。

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