道化の国
帰還
美咲と言う心配の種が残るセンリの足はフィールドへ帰るべく、足早に歩いた。
いつものように穏やかに微笑んでくれるだろうか。
いつものように甘い声で名を呼んでくれるだろうか。
いつものように柔らかく抱きしめてくれるだろうか。
――いつものように、身を焦がす愛を囁いてくれるのだろうか……。
巡る想いは、果てないほどに渦を巻く。
センリがフィールドに戻れば、リビングは水を打ったように静まり返っていた。
「……ベッドルームですか?」
一刻も早く美咲の無事な姿を見たいセンリは、急いでベッドルームに向かった。
静かに扉を開ければベッドに横たわる美咲がいて、その側には心配そうにその様子を眺めるマリカが座っていた。
「お帰りセンリ。……美咲、フィールドに着いた途端、気を失うように眠ってしまったのよ。大丈夫かしら……」
「そうですか……、面倒をかけましたねマリカ」
「センリが来たなら私は帰るわ。……美咲が目覚めたら、連絡もらえるかしら」
「えぇ、わかりました」
マリカはソッと立ち上がり眠る美咲の頭を撫でると、センリの肩を軽く叩いてフィールドを出て行った。
静かなベッドルームには美咲の小さな寝息だけが微かに聞こえ、センリは美咲を見守るようにしてその場に座った。
優しく髪を梳き、頬に手を滑らせる。
温かな体温が感じられ、センリは少しだけ安堵の表情を浮かべた。
僅かに触れる髪が美咲の頬を撫で、センリの手の感触が美咲の意識を覚醒させる。
「美咲……、気がつきましたか?」
「セン……リ」
ベッドに横たわる美咲に、センリは覆いかぶさって額を合わせた。
「大丈夫ですか?」
「う……ん……、大丈夫……」
「あまり……、心配させないでください」
「ごめ……ン」
センリの髪が美咲の頬に触れ、唇が重なり合う。
触れるだけのキスをし、センリは美咲の身体を抱き締める温もりを確かめると、そっと離した。
「あの……、さっきはごめんね……。その、嫌いなんて言って……」
「覚えているの……ですか?」
驚いた様子でセンリは身体を離し、美咲の顔を覗き見る。
「……少しだけ、言いたくないのに。勝手に言ってしまって……、ただすごく苛々して苦しくて……。言葉を止めたいのに、止められなくて……」
涙ぐむ美咲は、悔しさから唇を噛み締めた。
本心でないとはいえ、センリに嫌いだなどと言ってしまった事。
不本意な気持ちをどう伝えて良いのかわからず、ただ、自分の犯した過ちを後悔する事しか出来なかった。
センリに無理を言って夜陰の森に連れて行ってもらわなければ、この様な事態を招く事はなかった。
美咲の心の中には、深い悲しみが支配する。
「ごめんね……、センリ……ごめんね……。私酷い事言った……」
零れる雫を気にもせず、美咲はセンリに謝罪を口にする。
嫌いだと言ったときに見せた、センリの悲愴な表情が美咲の脳裏に焼き付いて離れない。
あんな顔を見るのは初めてで、そんな顔をさせてしまった自分が歯痒い。
「センリ……ゴ……メン」
「仕方なかったんです……、そんなに気にしないでください」
涙で頬を濡らす美咲は、嗚咽を漏らしセンリに手を伸ばした。
頼りなげに伸ばされた小さな手は震えていて、センリはその手を両の手で優しく包み込んだ。
「私……酷い……、ごめ……」
「もう……良いのです。そんなに謝らないでください。私は美咲の元気な姿が見れれば、それだけで十分です。ですから、もう泣くのは止めて、笑ってください」
濡れた頬に触れる髪を解き、穏やかな笑みを見せるセンリはいつまでも泣き止まぬ美咲を優しく宥めていた。
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