道化の国
交戦2
鞭を地を叩きつけた刹那、乾いた音がすると同時に横に波打つ鞭は蛇のような動きを見せ、ユリエルのコートを掠めた。
「次は捉えますよ」
「俺を馬鹿にしているのか?……本気でこい、その涼しい顔を屈辱に塗り替えてやる」
「面白い事を言いますね」
余裕の笑みを見せるセンリは目を細め、鞭を何度もしならせればその動きは速度を増す。
馬鹿にしたような態度に沸き立つ怒りを覚えたユリエルは、一気に間合いをつめ飛びかかった。
ユリエルの攻撃を寸での所でかわしたセンリは、下手から手を振り上げユリエルの身体に鞭を這わせる。
普段持ち歩く鞭には鋼が仕込まれており、ユリエルの腹部に重量感のある激痛が走った。
「――ッ!……ぐ……ァッ!」
一瞬息が止まり、腹を抱え痛みに耐えるユリエルはセンリを睨みつけた。
「さすがにレフトナント・ジェネラルを名乗るだけの事はありますね……、まだ倒れないのですか?」
センリの言葉に気付いたときには遅く、一瞬のうちにセンリの鞭がユリエルのレイピアを捉えた。
鞭を引き寄せると、レイピアはユリエルの手元から離れ地に転がった。
勢いよく引っ張られたユリエルが思わず膝をつくと、センリは堅硬なグリップエンドでユリエルの背を一撃した。
「さぁ、貴方はもう丸腰です。どうします?金輪際美咲に手を出さないと誓いますか?」
「ふざ……けるな……」
「美咲に危害を加える者には、私は非情になれます。……例え相手がガーディアンだったとしても」
痺れるような背中までもが、ユリエルの呼吸を妨げていて、不規則な息遣いでいながらもセンリに牙をむく。
武器の持たないユリエルを動かすのは、最早プライドだけ。
レフトナント・ジェネラルという肩書きが、ユリエルの意識を縛り付ける。
「では、部下の目の前で無様な姿を晒しても良い……、と言うことですね。それに、あちらのガーディアン達を見殺しにするつもりですか?ユーマ達が随分遊んでいますが……」
センリの冷ややかな瞳は細められ、穏やかな口調でユリエルに話しかける。
嘘のない冷酷な瞳が全てを物語っていて、ユリエルは屈辱に塗れながら頭を垂れた。
横目で見れば傷ついた部下が苦しそうに自分の言いつけを必死に守り、何度も立ち向かっている。
悔しいまでに息が上がり、レイピアまで取られ、痛む身体を押さえるユリエルの頭の中には敗北の二文字が掠めた。
「わかった……、もう……奴等を止めてくれ。部下を見殺しには……出来ない……」
苦渋の決断を下したユリエルは、搾り出すような声でセンリに言った。
脆くも崩れ去ったプライドはユリエルの身体を弛緩させ、ピンと張られていた緊張が解れていった。
満足のいく言葉を聞きセンリは口角を上げ、ニコリと微笑んだ。
「それが利口ですね。上に立つ者は、時として決断を迫られます。それをきちんと見極められるかどうか……、それが上に立つ者の力量を図る判断材料です」
「……講釈は聞きたくない、早く……奴等を止めてくれ。あのままでは死んでしまう。俺の可愛い部下だ……、死なせたくはない」
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