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道化の国
ガーディアン2





「あんな花に惑わされて正に愚の骨頂だな……。益々お前の存在が許せん。正気に戻れ。泣いて許しを乞いながら、お前は死ぬがいい」

「離して、ジェード・バインが私を呼んで……。ジェード・バインが……」


ユリエルは美咲の手を後ろ手に捩じり上げ、美咲の手を手綱代わりに暴れる身体を封じたまま歩き始めた。

虚ろな瞳の美咲の頭の中で想い描くジェード・バインは、毒々しくも鮮やかな美しい翡翠色。
うわ言のように、何度も呟きを繰り返していた。


「馬鹿な女だな……。花に惑わされているとはいえ、俺を目の前にして恐怖すら覚えないのか。今から殺されるとも知らずに……」


蔑んだ目付きでユリエルが言い放つと、美咲は空虚な瞳を向けた。


「ジェード・バインが消えること以外、怖いものなんて何もない……」

「これは滑稽だな。……なら、自分が死に行く様を見ればいい」


冷たい視線を向けられる美咲はそれすら気にする様子なく、ユリエルの瞳を見た。

いつもであれば恐怖で震え上がらせるであろう身体は、怒りで満ちている。
自分がジェード・バインから離されたと言う、センリやユリエルに対しての悪感情が美咲を支配していた。


暫く歩いていたユリエルが足を止め、着いた先はユリエル達ガーディアンが利用しているBAR。


「離……イタッ……」

「花の魔力が抜けるまで、此処で転がっているんだな。弱者の末路は、無様でなくては面白くない」


ほくそ笑むユリエルは美咲の耳元で嘲るように言い放ち、腕を掴む手に力を込めて扉に手をかけた。


「美咲をどうするつもりですか」


扉を押し開く手が止まり、背後からかけられた言葉にユリエルは眉をしかめて振り返った。


「……センリか」

「ガーディアンが私の名を知っているのですか?」


見知らない人物に名を知られていようが驚く事無く、センリは表情を変えずにユリエルの瞳を見据えた。


「サーカス団員随一の切れ者、それにその容姿では目立つからな。……しかも何の取り柄もないこの女を希望の光に持つ、哀れな男……でもあるな」


センリを挑発するように嘲笑うユリエルは、美咲に視線を落とした。


「……美咲に取り柄がないかどうかは私が見極める事、他人の貴方がとやかく言う事ではないですよ。今すぐ美咲を離してください」


揺らめく怒りの炎を静かに燃やし、センリは美咲の方に手を差し伸べた。

ユリエルは小さく舌打ちをし美咲の手を離すと、美咲はその場に崩れ落ち、痛む身体を擦った。
地に膝をつく美咲をしっかりと抱き留め、弱々しく息をつく姿を心配そうに見つめ、ユリエルに怒りを露にした瞳を向けた。


「過激派のガーディアンが居るとは聞いていましたが、私の美咲にまで手を出す方が居るとは思いませんでしたよ」


そんな行いは愚かだとセンリは嘲るように笑うが、美咲を擦る手は優しく。


「希望の光だろうが何だろうが、この国に住まう以上、弱い奴は不必要だ。この長い歴史の汚点となる要因は、即刻排除あるのみ」

「道化の国に崇高な想いを抱くのは勝手ですが、希望の光は元々道化の住人ではないのです。そのような歴史を押し付けても、仕方ないでしょう?第一そんな考えを持つのは、僅かな過激派だけです」

「希望の光ごときに現を抜かす輩がいるから、そんな者が神聖化される。そんな塵に等しい者は、此処で断ち切ってしまえばいい」


美咲を見下ろすユリエルの眼光は鋭さを保ち、苛立つ美咲は押し黙ったまま跳ね返すように睨み返した。


「貴方は自分の希望の光に出逢った事がないから、そう思うのです。それでなくとも、美咲の光に触れてご覧なさい。心癒され、穏やかな気持ちになれるはずです。貴方だって道化の国の住人、それくらいの事……」

「――やり方は、いくらでもある。忠告はしたからな」


講釈めいたセンリの台詞を遮り、苛立ちを隠しながらユリエルはその場を立ち去った。





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