道化の国
ガーディアン1
当てもなく走る美咲は後ろから追ってくる気配に気付かず、知らず知らずのうちに迷路のように入り組んだ暗褐色の建物の間に迷い込んでいた。
「ジェード・バイン……私の……」
迷った事さえ気にならず、美咲は目の前で起こったジェード・バインの無残な姿を思い出す。
ジェード・バインに囚われてしまった美咲の頭の中は、美しくも禍々しいあの翡翠色の花で埋め尽くされていた。
そこには、センリの姿は微塵の欠片もない。
「弱い上に馬鹿では、救えないな」
「貴方は誰……」
美咲は鈍い動作で振り返り、声をかけてきた男に身体を向けた。
そこには青藍の長いコートに身を包み、艶やかな長い白髪を後ろで結わえた長身の男が立っていた。
「弱い奴に名乗れるほど安い名ではないが、教えてやろう。俺はユリエル、道化の国のガーディアンだ」
喉の奥で笑うユリエルに美咲は特に何も思わず、ただ一瞥しただけで掌に握られたジェード・バインに視線を落とした。
目の前の存在を意に介さず、その場をフラリと立ち去ろうとするとユリエルが美咲の肩を強く掴んだ。
「私の邪魔をしないで、私はこの花と一緒に……」
センリが散らし落とした花をウットリした表情で眺め、壊れ物に触れるように指先で撫でた。
すると肩を掴んでいたユリエルの手が離され、後ろから首を締め上げてきた。
「細い首……、締め上げたら一発で殺せるな」
「――ッ……ァ」
美咲は強い力で締め付けられ、息もままならない。苦しさのあまり、ジェード・バインを落としてしまった。
今にも意識が抜け落ちそうになる中、ユリエルは尚も話し続ける。
「今すぐこの国から出て行け。さもなくば、死ね。この国に、守られて安穏に暮らす奴は不必要だ」
「い……ャ……」
「死ぬのが嫌なら、今すぐこの国から立ち去れ。強い者こそが、この国に必要な人間だ。そんなお前は道化の国の恥でしかない」
漸く緩められた首には、紅く指の痕が残る。
痛む首を押さえ、咳込む美咲は大きく呼吸を繰り返した。
「この国を……出るのも、死ぬのも……嫌」
力なく座り込んだ美咲の手首を掴み、ユリエルは無理矢理立たせた。
いまだ息も整っていない美咲には、立つだけでもかなりの苦しさがあった。しかし今の美咲にとっては、何よりも代えがたいジェード・バインが自分の手から離れてしまった事が辛く、ユリエルを見ずに落ちた花に手を伸ばした。
「まだ、わからないか。……来い」
「痛……ッ!」
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