消えゆくマリカの背を見送った美咲は、小さく息を吐き出しまた歩き始めた。
誰も見当たらない閑散とした街に、美咲は心細さを感じてしまい足取りが重くなっていった。
ふと視線を感じ、下がりつつあった顔を上げる。
そこには黒いタキシードを身に纏った、切れ長で黒い瞳が印象的な男性が美咲の様子を眺めていた。
「どうしました?迷い子ですか?」
靴音を鳴らし近寄って来る男性から、香水なのだろうか、むせ返るような香りが立ち上る。
男性が近付くにつれ強くなる芳香。
意識を奪わんばかりの匂いを嗅いだ途端、頭の芯から痺れる様な感覚が美咲を襲った。
「ぁ……う……」
目の前が揺れるような感覚に囚われ、腰砕けになった美咲は膝から崩れ落ちてしまった。
「……貴女は私の香りに反応しているのですか?」
腕を掴まれて無理やり立たされると、息も絶え絶えの美咲に男は顔を寄せて来た。
「……ダメ……その香り、……酔っちゃ……」
息の落ち着かない美咲の脇に手を入れ、軽々とその身体を持ち上げた。
無造作に設置されたベンチに座ると、美咲を膝の上に乗せて腕を腰に回した。
「伝説の中の話だと、思っていました」
独り言のように呟き、男は頬を赤らめる美咲を見つめた。
「……もっと私に溺れさせて差し上げます。私の名はセンリ、貴女のお名前を教えてください」
抱かれた美咲は側にある甘美な香りに酔いしれながら、必死に名前を呟く。
「美咲……っふ……んん」
名前を言ったと同時に唇を塞ぎ、美咲の口内を味わう。
「甘いですね、美咲の唇は」
「ん……はぁん、ふ……」
鼻腔を甘い香りが支配し、柔らかな感触が唇を再び覆った。
痺れるような甘さが身体中駆け巡り、美咲は指先にすら力が入らなくなってゆく。