道化の国
荒む胸中
「センリ、この鞄で良いの?」
「えぇ、ありがとうございます。これをその中に入れておいてください」
センリの言われるがまま、差し出された衣類などを美咲はいそいそと小さな胡桃色の鞄に詰め、準備が整った。
「美咲、こんなに荷物を持って行ってどうするつもりだったんですか?驚きましたよ」
センリは目を細め、美咲の腕を取る。
ソファーに腰を下ろし、美咲の身体を横抱きに膝の上に座らせた。
「だって、センリがゆっくり滞在するって行ったから、一杯用意しなきゃって思って」
「だからと言って、あの食べ物の山は何ですか?お腹を壊しますよ」
「ユーマが喜ぶかなって。ユーマと私の好きな物、結構似てるから、一緒に食べるの楽しいの」
やはり感化されていたと、センリはため息をついた。
楽しそうに話をする美咲は訝しげにし、センリの顔を覗き込む。
「お腹壊さないようにするから、大丈夫だよ?」
「そう……、ですね。美咲、準備は終わったんですから、少し私の事を癒してください」
ユーマの事を考えて笑顔を見せる美咲に、センリの心はささくれ立ち、言葉では表現できない黒い霧に包まれる。
我ながら狭い心だと自嘲してしまうが、放っておいても自然と消えることの無い、重く全てを飲み込んでしまうような漆黒の闇。
美咲の髪に顔を埋めて深く息を吸うと、馨しい美咲の香りがセンリの体内を巡る。
「センリ?」
「もう少し……、このまま」
優しく抱きしめられ、美咲はセンリの腕にソッと手を重ねる。
美咲の鼓動が身体に感じられ、センリはゆっくり瞼を閉じた。
美咲の温かな体温はセンリのささくれ立った心を癒し、心情を覆う真っ黒な霧を徐々に取り去る。
小さな不安や寂しさが消え、腕の中にいる美咲の存在を確認する。
荒む胸中は、嵐が起こる寸前で。
しかし美咲の存在がある限り、センリの心にはいつも光が差し込んでくる。
「私から、離れないでください……ね」
小さく吐露すれば美咲の耳に入り、美咲はセンリの首に腕を回し抱きついた。
「私はセンリから離れる事なんてしないよ。ずっと一緒……」
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