[通常モード] [URL送信]
重なる視線


ジジジ…と灯籠で揺れる火が満たされた油を燃やし、光明を辺りに映す。

日の光は勿論、電灯にも遠く及ばないその僅かな光で手元を照らし、筆を滑らすその様子は現代人には解読不能な文字である事も手伝って非常に写経めいていた。

真剣な眼差し、整った姿勢で文を書く夫の姿に息を止めて見入るのはこれで何度目だろう。目が悪くなりますよ、と苦言を示すのさえ野暮に思える。

端正な面差しと優美な雰囲気を持つ彼は宵闇の中では特にその魅力が増す。奪われた瞳を離す事が出来ない。


「……」


お茶でもしないかと私室の御簾を軽く開け、口にしかけた私は呼び掛けの言葉を喉に詰まらせたままそこで動けずにいた。

心音が酷く、耳に響く。






*****






三回目…。


漏れる溜息も致し方ないものだと思う。

助言が欲しいと送られて来た鎌倉からの文にしたためるていた返答を辿るように読み返して書き足していると感じる視線。

敵意でも好奇でもないそれは決して不快ではないのだけれど…投げ掛けている相手が相手だけに何故、と言いたくなる。


「…そう珍しいものでもないでしょう」


ちらりと背後に目線だけ移せばそこには愛しい妻の姿。しかしぽぅとした表情で部屋の外からこちらを伺い、一向に声をかけて来る様子はない。

見惚れている事は明らかなのだが僕としてはもっと側で眺めてくれてもいいのにと思わずにはいられない。

彼女は気持ちを言葉にしてくれる事が少なく…こうしてはっきりとした好意を感じれるのは確かに嬉しい。

嬉しいのだが――。


「僕の外見が好きなんですかね…」


今更どの口がと言われても致し方ない。

散々利用してきた自身の見目、不満を抱くのも間違っている。好いてくれているならいいじゃないかとは思う反面、汚れ切ったこの性根に一抹の不安も過る。

常用句の如く、好きだ好きだと告げる僕のように彼女も言ってくれれば良いのに。


「…褥では結構素直なんだけどな…」


独り言を呟く声は届いていないのか、形作る堅苦しい文字とはかけ離れた台詞に返ってくる言葉はない。

――彼女はよく僕の髪を誉める。蜂蜜みたいで綺麗だと、この疎ましい色を愛おしげに梳いてくれる。

忌避するものを大切にして貰えるのは嬉しい事だけど…やはり僕自身についても教えて欲しい。

どんな所をどう好きかを今のような熱に浮かされた表情で…。

かたんと僕は筆を脇に置き、書きかけの書状に切りを付けた。

昨日届いた文…焦る必要は何一つなく、どうせ近々九郎が顔を見せに来る。直接話してもいいし、この文を渡した後にもう一通送ってもいい。ただこれはある程度仕事が片付いたから手を付けていたに過ぎないのだから。


「…今日はそれを聞きましょうか」


ふっと笑みを浮かべ、向けられている瞳を絡め取る為に僕は振り向き、今度は正面から視線を重ねた。



[次へ#]

1/3ページ


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!