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望まぬ想い1


――君は九郎が好きなんですね。

淡い仄かな恋心…。

君さえ自覚していないかもしれない程の些細な変化が僕を苦しめる。

他愛ない会話に剣の練習、それこそ…戦いの最中でも君の九郎を見つめる眼差しには艶めいた熱が宿り、君を想う僕ら八葉を引き離す…。

気付きたくなどなかった。
君が誰かを想うなんて耐えられない。

――けれど、僕もいつも君を見ていたから…。


「…妬けます」


誰に伝えるでもなく、息を吐くように呟いた。

部屋のあちこちに詰まれた古い書物と薬の材料となる薬草が微かな灯籠の光を遮る。

文机に置かれた書状を丁寧に畳み、封をした。

――僕は九郎のような一途さも素直さも持ち合わせてはいませんからね…。

それでいいと思っていたし、そうあるべきだと今も考えは変わらない。

合戦であれば、軍師としてあらゆる方面から事象を考慮しなくてはならない。

全てを冷酷に…慎重に。

感情は邪魔となり、淡々と作戦の上に罠を張って策を巡らす。

ただ勝利だけを考えていればいい。

僕と九郎は…同じではいけなんです。

僕には僕の役割があり、九郎には九郎にしか担えないものがある。適材適所、今までずっとそれでやってきた。

そんな僕が九郎を羨ましいと感じるなんて――九郎なりたいと思ってしまうなんて…お笑いですね。


「……望美さん」


君が好きです。

清く、繊細で強い…真っ直ぐな君を僕は……。

――君を…君だけは想ってはいけなかった。

君が戦いの世に身を投じる事になったのは他ならない僕のせいだから。自分を律し、好きにならないようにしてきたつもりだった…。

けれど君は僕の心にどんどん入ってきて――今では片時も目を離せないほど君に捕われている。

君が笑う度、悲しむ度に切ない疼きが僕を苛み、理性すら凌駕して柔らかな身体に触れたくなる。


――押さえられない…。


君が九郎を想っていても僕は君を愛していて…君が他の誰かの物になるなんて考えてたくもない。

以前まで…君の幸福が向こうの世界にあるのなら、他の誰かと共にあるのなら僕は身を退くつもりでした。

それが――どうしたのでしょうね…僕らしくもない…。


「恋は盲目、ですか…」


君には悪いけど僕には僕のやり方がある。

少しでも付け入る所があれば――逃がしませんよ。






望ま想い






「弁慶さん、ちょっといいですか」

「…望美さん、ですか?ええ。構いませんよ、どうぞ」


食事も終わり、皆各自の部屋に戻った後、私は弁慶さんの私室を訪ねていた。

弁慶さんは八葉に与えられた部屋には行かず、私室に向かっていたのを見たのでコッソリ抜け出して来たのだ。

朔は尼僧なので寝るのは早めでいつもなら私も疲れているし、普段ならそのまま一緒に私も休む。

でも今日は…。


「こんな夜更けにどうしました?」


灯籠の光で本でも読んでいたのだろう。机には幾つもの書物や巻物が広げられていた。

いつも荒れ果てている“悪い魔法使いの部屋”は夜に来ると迫力がある。

弁慶さんの側に座り、外套を外した彼の顔を見つめた。


「寛いでいる所を邪魔してごめんなさい。あの…皆には黙っていて欲しいんですけど――」

「なん…でしょうか」


弁慶さんは何故か少し怯み、脅えたような表情を浮かべた。


「ちょっと熱っぽくて…皆に心配かけたくないから。薬か何か頂けないでしょうか?」

「………熱っぽい?」


食事を済ませて、湯浴みをした後から少し悪寒がして何となく頭がボーッとしていた。

取り立てて気にする必要もないかも知れないが拗らせると皆にも迷惑が掛かるし、早めに治しておきたい。


「余計な心配かけちゃうのは嫌だったから…今日はコッソリ部屋を抜けてきたんです。朔はもう寝てるんで薬を貰いに来てもバレません」

「ふふ、いけない人ですね。朔殿の苦労が窺い知れます」


弁慶さんは苦笑いとも取れる笑いで私を見た。


「――こんな夜更けに人目を忍んで男の部屋に一人で来るなんて…何をされても文句は言えませんよ」

「――ぇえっ!」

「まぁ、病人なら仕方ないですね。――ちょっと診ましょうか」


問題な発言をサラリと流した弁慶さんは私の額に手を当てた。

ビ、ビックリした。もう、いつもからかうんだから…。

額に置かれた弁慶さんの手はひやりとしていた。


「……冷たくて気持ち良いです」

「やはり――熱いですね…。僕の手で冷たいと感じるようだし…喉はどうです?痛みますか」

「少しだけ…」

「灯籠の側に来て下さい。そこは少し暗い」


弁慶さんは自分の横にある灯籠を差し、促した。

私は少し動き、さらに弁慶さんの近く――膝が触れ合うほどの距離に近付いた。

見上げると弁慶さんの表情は何故か陰っている。


「――口を開けて」

「はい」

私達の世界でもこうして病院で診てもらったな…。

頬に手を添え、喉を覗き込んで診察してくれている様子を診ると薬師さんって感じがする。

普段軍師としてお世話になる事が多いし、不思議。診てもらっても怪我だからかな。


「…ふふふ、お医者さんみたいですね」

「嫌ですね、普段僕をどう見てるんですか」

「弁慶さん何でもできるんだもの。――もしかしたら負担になってるんじゃないかってあまり頼りにし過ぎないようにしてるのに」


笑いながら言うと更に険しい顔になる弁慶さん。

え、何。私マズイ事言った?


「――僕は君にならどれだけ利用されても構いません」

「でも…」

「…望美さん。九郎を好きでいるのは不毛ですよ」

「!」


突然の忠告に頭が真っ白になる。

何でっ…!まだ誰にも話、してないのに――。

動揺する気持ちを抑えつける。

――い、いつもみたいに冗談を言ってるだけかもしれない。

夕方も九郎さんと二人で剣の練習してたし、喧嘩ばっかりしてるのに最近は側にいる事が多いから…。

とてもそんな事を言う雰囲気には感じなかったけれど肯定は――したくなくて…的外れだと告げようと口を開いた。


「――や、やだなぁ。弁慶さん。私別に九郎さんの事好きだなんて…」

「君を見ていれば分かりますよ。あれだけ熱く九郎だけを見つめていれば、ね」

「―――ッ!」


はっきりした口調に絶句する。

弁慶さんには何を言っても無駄だ。何もかもお見通し、私より私の事が分かっている。

――恥ずかしい…、見透かされているみたい。


「正直さっきは焦りましたよ。内緒にして欲しい事があるなんて言うから…君が僕に恋の相談でも持ちかけて来たのかと思って」

「ま、まさか…そんな」


弁慶さんは俯きがちに言う。

九郎さんを誰より理解している弁慶さんに聞きたい事がないとは言わない。

でも恋の相談だなんて…有り得ないし、したくない。

まとまらない思考を巡らせているとボソリと弁慶さんが何か呟いた。


「――想いを寄せる相手からそんな話をされるほど辛い事はありませんからね…」

「?何ですか?」


独り言のように小さな言葉はよく聞き取れなかった。
すると弁慶さんはこちらに視線を向け、薄く頬笑んだ。


「何でもないんですよ。それより――望美さんには九郎を想うのは止めて頂きたいんです」

「不毛…じゃなく、止めるんですか。どうして――」

「九郎はああ言う人間です。何もしなければ君の想いに気付く事はないでしょう。けれどもし気づいたとしたら九郎は――崩れます」


崩れる…どう言う意味――?


「どう言う事ですか?」

「源氏の指揮をとっているのは現在は九郎です。前線に出て、皆の士気も煽る。要であり、中心であるべき存在です」


それは理解できる。

九郎さんがいて初めて、源氏の軍は回る。頼朝さんの名代と言う立場ながらも皆の標となってくれている。
実直で揺るぎない人だ。


「戦の中で生き、命を削る動乱の世でこれまで九郎は生きてきた――生きてこれたんです」

「………」

「それは細い糸の上を渡っているような物で…少し揺らげば、何かに気を取られれば――踏み外す事になるでしょう。そして訪れるのは確実な死…。――戦に身を置く者は皆、それを覚悟していますが……」


弁慶さんは少し言葉を詰まらせ、続きを語るのを躊躇うように、眉根を寄せた。


「――九郎は恋には不向きです。僕のようにもう少し立ち回りが上手ければ別なのでしょうが…九郎は不器用で、一本気です。戦と私生活、切り離しては考えられないでしょう。彼の俊巡は兵にも伝わり、統率が取れなくなる。そして九郎自身も恋に少しでも浸かればブレて――糸から落ちてしまうかもしれない。断言する訳ではありませんが…源氏はまだ彼を失う訳にはいかないんですよ」

「そんな…」

「それに君はこの戦いが終われば元の世界に帰るのでしょう?この世界での恋は意味がなく…それこそ不毛ですよ」

「――何でっ…、そんな酷い事言うんですか…」


ポロポロと涙が零れる。

そんなにまだ九郎さんを想っていた訳じゃない。ほんの少し他の皆より気になっていただけ。

九郎さんを見ていると胸が暖かくなる…、その程度の感情だった。

でも何故か悲しくて…次々と涙が溢れていく。

弁慶さんは優しく頬に触れ、涙を拭ってくれた。


「あぁ…泣かないで。君を悲しませたい訳ではないんです。――僕を身代わりにしてくれても構わないんですよ」

「――身、代わり…?」

「そうです。僕は秘密は必ず守りますし、多少の事でブレたりしません。それに…九郎よりは経験は豊富ですしね」

「え……」


次の瞬間、弁慶さんのフワフワした長い髪が頬に当たった。

薬草の匂いが染み付いた茶金の髪はあの苦くて凄い臭いの薬湯が出来るとは思えない程、良い香りだった。

背中に回された温もりと強い力に抱き締められていると理解し、身体が硬直する。

耳朶にかかる吐息が熱い。


「べ、弁慶さんっ」

「九郎、で構いませんよ。感覚だけ追っていればそういう気分になれます。身代わり、ですからね。僕の事は気にしないで」




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