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甥っ子めぐたん
5


目論みは外れた。めぐみは真っ赤な顔してキッと俺を見据えたのだ。

「子どもだけど‥秀明さんには子どもだなんて思われたくありません」
「うん‥悪かった。別にお前のことバカにしてるとか、見下してるわけじゃねんだよ」
「ッ…そうじゃなくて!」

透き通る、透明度の高い声が居間に響く。悲痛とか悲壮とかが似合いそうな顔で、めぐみが必死に言葉をしぼり出した。

「が、頑張ってみても秀明さんに伝わらないなら意味ないんです。待っても届かないなら‥おれは…」
「めぐみ‥」
「もう秀明さんなんて知りません!」
「お!ぇ、おい?!」
「学校行くから秀明さんも気をつけて行ってきてください。おれは先に出ます」

いつになく冷たい声でそそくさと支度を始める。薄っぺらい背中で、拒絶ともとれる仕種で教科書を鞄に詰めるめぐみがそこにいた。
怒っているとゆうことを、俺に伝えたくてわざと態度に出しているんだ。そうゆうところが子どもだと思ったけど、子どもなのは俺の方なのかもな。

認めちゃえばいいのに
ギリギリのところで予防線張って守ってる

お前のことを守ってる気でいて
自己保身ばっか

お通夜みたいな空気の中、それでも行ってらっしゃいの挨拶はした。お互い沈んだ表情だったのは否めないけども。
俺もそろそろ出勤時間だと気づき、慌てて支度にとりかかる。ネクタイと靴下を自分で準備するなんて、めぐみが来て以来すごく貴重なことになった。

あいつ怒ってたな
悲しんでたのかも

泣いてないといいけど

何に対して怒っていたか、それが分からないほど鈍感じゃない。真剣で真摯な気持ちを軽く流したら誰だって怒るだろう、悲しむだろう。

「あぁークソッ、やっちまった‥」

短い髪に指を突っ込んで掻きむしる。ツンツンした手触りがめぐみとはえらい違いだ。

もう一度ちゃんと謝ろう

そうかたく誓いをたてて家を出た。




とは思っても、仕事が俺の都合に合わせて減るわけでもなく。いつも以上にハードな労働を強いられた。
お詫びとして会社の裏手にあるケーキ屋で、ケーキの一つでも買おうとしてたのに。22時を回っていてはケーキ屋も翌日の仕込みの方に精を出しているだろう。

「‥まだ怒ってるよな」

自宅のドアノブを掴んだままで逡巡する。その右手にはコンビニで買った風邪薬がぶら下がっていた。
そしてめぐみの待つ一室へ入るため、意を決してノブを回した。

「た、ただいまー」

自分の声が鼓膜を通ってゆく。多少の緊張を覚えて奥の座敷を覗くと、すでにそこにはめぐみが立っていた。

「おかえりなさい‥」
「ん、ただいま。待っててくれたんだな、冷えるから座ってていいのに」
「だっておれあんな‥あんな酷いこと言って」

めぐみの瞳が辛そうな形に変わる。指先もモジモジして落ち着かない。
それでもいつものごとく鞄を受け取ろうと頑張ってくれてる。子どもだと思っていたその仕種を肯定したくて、懸命に尽くしてくれる腕を捕った。

鞄が玄関タイルにぶつかる音がした

「ごめん、ごめんな。お前のこと子どもだなんて言って。めぐみが俺のために一生懸命なこと知ってるくせに、スゲー無神経なこと言った」
「ッ…」
「酷いこと言ったのは俺の方だし、子どもなのも俺だよ。いい年してるくせに大人になれなくてごめんな。お前を傷つけたこと、真剣に謝らさせて」

一息に語りかけると、捕らえた腕に小さな指先が重なった。そして自分より高い体温が胸に被さる。

「そんなッ…秀明さんに謝られたら、おれどうしたらいいか分からないです。謝ろうと思ってたのに、秀明さんが帰ってきてくれただけで嬉しいのに」
「バカ言うなよ。ここは俺とお前の家だろ?帰ってきて当然」
「‥はいっ」

「めぐみの待つここ以外、どこに帰れって言うんだよ。他はいらねぇから」

言い聞かせるように畳み掛けると、より強く体温を感じた。玄関と座敷の高低差を利用しためぐみが、俺の首筋にすがりつく。
それでもまだ足りない身長に、膝を屈めて小さな体を受け止めた。大人になりきれない俺には、もったいないくらいの幸福だった。



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