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甥っ子めぐたん
7


もう2回転したところで、雨粒によって濃い向日葵色に染め変えられたビニールが止まる。少しばかり傾いたそれから細い滝状の雫が流れ落ちた。

「秀明さん…?」
「あ?」
「秀明‥さん」
「だからなんだって」

「ひであきさん…ッ!」

落下した傘。

やっと視界に映っためぐみが苦しい。振り向いためぐみの目にも同だけの水溜まりが出来ていて苦しかった。

「すみませんっ…寂しくって、だからッ…一人でいたくなくって、」
「めぐみ‥‥」
「メールとか電話しようかなって…でも心配かけたくないし、でも一人は‥怖くって」
「めぐ」
「こわくて‥‥」

小さな手の平に覆われた大きな瞳。震える指の隙間から規則正しく雨が降って、本物の雨と混ざって溶けた。
濡れたアスファルトの臭いを嗅ぎながら一歩前へ。伸ばした手がどこへ向かうのか俺にも分からない。

めぐみを捕まえるのか
めぐみを包みこむのか

分からないけど
だけど

「めぐみ‥」
「はぃ……」

俺が最低ってのは事実だろ?

「マジでごめんっ!!!」
「ぇ、え…?」
「いやっ!ほっんとーに悪かった!!お前の気持ちも考えねぇで飲み歩いちまった」
「ぁのっ、そんなッ」
「めちゃくちゃ悪いって思ってる!ほんとにごめんっ」

「秀明さんっ!やめてくださいっ」

やめろって何を?
たぶん、いや

十中八九この体勢のことだろうな

腰を90゜にたたんで頭を垂れる。指先をピンと張って腿の外側で行儀良く整列させた。
平たく言えばかなり畏まった謝罪みたいなのを中学生の甥っ子に披露してるわけで。

「いやっ!マジお前に悪いことしたって思ってんだっ。大人気ないっつーか、あぁ!もうほんとごめんっ!」
「やっ…あの、いえ。ほんとぜんぜん…」

当然めぐみは困惑するわけで。
困惑をそのままに、傘を手放した手が俺の肩をゆるく掴む。軽い力に促されて視界を上げると、めぐみの瞳とかち合った。

「お…」
「おれも怒ってなんていません。秀明さんが帰ってきてくれただけで嬉しいんです」
「‥でも寂しかったろ?」
「はい」
「辛かったろ?」
「はい」
「泣いたんだろ?」

「ッ…!泣いてませんっ」

膝を曲げて覗き込む細い体を捕まえた。捕まえてしまった。

だって泣いたのに泣いてないなんて
可愛いじゃないか

だけどそんなの
可哀想すぎるじゃんか

「嘘つかなくていいから…目赤いし」
「ごめんなさい…」
「謝んのも俺の方だって。めぐみは何も悪くねぇから」

二の腕に力をこめる。するとギュッと両腕で閉じ込めた体が緊張した。
流れる髪の雨粒を唇で吸う。そして腕に余る小さな背中をあやすように撫でると、溜め息と同時に弛緩した。

“あったかいです”

つむじから聞こえたセリフに腕力が強まってしまった。細い雨から守るようにして抱きしめた甥っ子が冷たい。
最後に形をなぞる手つきで背骨を辿って凍えた体を手放した。しっとり張り付いた前髪を掻き分けて晒した額に熱を送った。

「お前も濡れちまったな。寒いだろ?」
「秀明さんの方がびしょ濡れです。早く乾かさないと」
「俺はいいんだよ。ほら、帰るか」

アスファルトに沈んで雨水を貯めた傘をひっくり返して水気を飛ばす。五月雨にもまだ早い季節雨にほんの少し鳥肌が浮いた。
濃い黄色の傘へ招き入れためぐみが俺の鞄を持った。真っ黒な睫毛から真っ白な鼻先へ伝う水滴がピンクの唇へ消えて

「はいっ、一緒に帰りたいです」
「ん。一緒にな」

キュンと左胸が鳴いた。右手にドーナツ、左手に傘の柄を持って家路へ向かう。
左胸に左手、左側ばっかり意識する自分自身が憎い。だけど利き手じゃない方に傾いた傘に、じんわり濡れる右肩に俺の本心がこめられているようで憎い。

この角度じゃあめぐみの右頬しか見えない。でもその色合いがめちゃくちゃ可愛いかったから、俺の本心なんて気づかない振りしておこうか。



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