17.その笑顔が見れただけで、なんだか不思議と嬉しくなるでござる
「ねえ、どう思う?」
唐突な問いかけに、顔を上げる。
思いの外読みふけってしまった書物から現実へと戻ってくるある種の浮遊感を抱えながら耳を傾ければ、とんでもない言葉が聞こえた。
「私はね……たぶん、左之と結婚してたかも」
「は?」
我ながら、なんて間抜けな声。
話が掴めなさ過ぎて、……というか、なんだか解りたくないような単語が混じっていた気がする。
いや、きっと気のせいだ。気のせ……い……
「それでね、剣心はなんだかんだいって薫ちゃんと今も住んでいて。そのうち子供とかが出来て……私たちはきっともう会うこともなかったんだろうなあ……」
「名前……?」
不安が心を占めてきて思わず彼女を見返すと、何故だかふわりと微笑まれた。
「ふふ、もし私と剣心が恋仲にならなかったら、の話ね」
「もしも……でござるか」
その言葉に安堵する。
いまさら離れたいと言われたって、離す自信などなかったし、正直どうしようもなかっただろうから。
良かった――胸を撫で下ろした。
ふと、昔を思い出す。
“もしも”
ありはしないそのもしも。
彼女に想いを告げたのはいつだっただろうか。
この想いに気付いたのは――。
『どうするんだよ』
『どうって……』
『好きか、嫌いか』
『わからんでござる――…ただ』
『あ?』
『その笑顔が見れただけで、なんだか不思議と嬉しくなるでござる』
『お前……それって――――』
「もしも、ね。もしも私が剣心を諦めて左之を選んでいたとしたら、どう思ってた?」
声に、はっと我に返る。視界に影が出来て、覗き込んだ名前の顔が見えた。
(きっとあの時気付かされなければ……)
「もしも、でござるよ。君が、左之を選んで、左之が君を迎えに来ていたとしたら、拙者は、あの時の拙者は…――娘を嫁にやる気分、かな?」
「……そっか」
嘘はつかない、約束。
それでも――。
やはり、曇った彼女の笑みに、気持ちが押し寄せた。
「――でも」
「え?」
『お前……それって――――』
『え?』
『それが、好きってことだろ!』
きゅうっと。
回した腕の温かさに、酔いそうになる。
「拙者は、今の……拙者は、名前以外見えてない――でござるよ」
「っ……うん」
安心させるように、逃さないようにと抱きしめた。
忘れていたモノ
(ああ、これが焦れ慕うということか)
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