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『祭』グラッド×セイロン
何気なく町に出ていたセイロンが見つけたのは巡回中のグラッド。
…が、思いっきりふにゃふにゃした顔で見回っているので、犯罪者からしたらこの見回りというのは逆効果になりそうだ。

「…む?グラッド殿、やけにご機嫌だな、なにかいいことでもあるのか?」

緩みまくったその顔に、見かねてセイロンが声をかけた。
確かにこの町はギアン達が来ない限りかなり…いやもうほぼ100%平和だが、ほぼ唯一の駐在員がこれではその状態も危ぶまれるというものだ。
…まぁ、余計な心配ではあるだろうが。

「ああ、どうも。もしかして、お祭りを見に来たんですか?」

「…祭?」

そういえば、商店街のアーチにはいつも見かけないようなキラキラとした装飾が施されていたし、またそこで買い物をしている人も、商売している人もなんだか活気に溢れていた。
リシェルの父親らしき人物が、ずば抜けた声量で叩き売りをしていたのを見たときは思わず見ないふりをしてその場を後にしたが、あれは祭が行われていたからか。
どうやら生活が苦しくなったわけではなさそうだ。
商人の血でも騒いだのだろうか。

「オレ、小さいころからお祭り大好きで。夜店で食べるイカの丸焼きとか、堪んないんですよねぇ…」

「…グラッド殿、涎が」

「ああっ!すいません!セイロンさんは、もう商店街まわってきました?」

「いや…少しな、ハプニングというか、あまり見たくないものを見てしまったというか…」

「?じゃあ、オレが案内しましょうか?伊達に長く駐在員やってませんから、美味いものとか、サービス満点のとことか、いっぱい知ってますよ!」

「駐在員は、こういったときに面倒が起こらぬよう警戒すべきものではないのか?」

「大丈夫です!外からこのお祭りに参加する人はほとんどいませんから!町の人はみんな顔見知りだし、案内しながら見回るだけで十分ですよ」

もちろんリィンバウムの祭事には興味があるが、少し不安を感じる、
こういったおめでたい時こそ人間は悪事を働くものだから。
しかしグラッドの自信あり気な笑顔に、結局一緒に見回る、という名目で案内してもらうことにした。

「じゃ、まずあそこですね!出店なのに最高においしいところ!変わり種で高級貝の丸焼きなんかもやってるんですよ。味付けも完璧で、毎年ここに行くのが楽しみなんですよ。安いし」

「ほう…高級品を安く提供とは…太っ腹な店主もいたものだ。…待てグラッド殿。どこに向かっている?」

「え?そこの店ですけど…さっき言った美味い店の…」

「……リシェル殿の?」

「お父さんの店です!」

キッパリと言い切ったグラッドの爽やかな顔に、若干眩暈を感じる。

「まぁ…領主がああやって祭事に張り切るのは良いことだがな、その…やはり抵抗を感じるというか、遠巻きで見てるのも強烈な者があるのだが、そんな心境の中で買い物をしろというわけだな?」

「大丈夫!商い中のテイラーさんはとっても気さくですよ!」

半ば強制的に連れて行かれた出店の前にはかなりの人数が並んでいたが、テイラーの手腕がいいのかあっという間に自分たちの順番になる。
そして先程グラッドが言った通り、テイラーはにこやかではないものの普段の彼からは信じられないほど気さくに接客をしてくれた。
もしかしたら子供の教育に厳しいだけかもしれぬな、とセイロンは思う。
本当に気難しくて厳しいだけの人ならば、領主としての立場もあってこんなに人の信望は集められないだろう。
元々世話焼きな性格もあって、子供に対して口うるさくなるのだろう。

「む…美味い!」

テイラーから2つ受け取った内の1つをグラッドから貰い口に運ぶと、想像していた以上の味が広がった。
思わず顔を上げ、素直な感想を言うとグラッドが得意気な顔で「でしょ?」と胸を張った。
おぬしが作ったわけではあるまい、と思いつつ、あまりにもグラッドが自慢げなので思わず笑ってしまう。

その後も小さめの魚を掬ったり、釣り上げたり、砂糖菓子やイカ焼きを買って食べたり…。
セイロンにとっては新鮮なものばかりだった。
彼にとって祭事といえば、どちらかというと選ばれた人間が厳かに行うようなものが多かったから。

「本当に…リィンバウムの者の考えることには驚かされるな。…あと、おぬしの食欲にも」

「え?だって、お祭りのものってどれもおいしいじゃないですか。とりあえず、全制覇が目標です」

「それにしても…買い込みすぎであろう?1つ食べてから次のを買うようにせぬか」

「ああ、これは違くて…あ、そろそろだな…行きましょう」

「な、どこに…お、おい何を…!」

手首を掴まれて、強引に引かれる。
ずんずんと人気のないところへ歩いて行って、少し小高い丘に出るとグラッドはようやく立ち止まった。
周りには誰もいなくて、先程までの賑やかさが嘘みたいに静かだ。
虫の音がやけに近く感じた。

「なんだと言うのだ、一体…」

「あ!きた」

ひゅるるる…という音の後にどん、という重低音。それに合わせて広がる華やかな光。
それは夜空を照らしたかと思うと、バラバラバラ、という音をたてながらまるで崩れていくように消えた。

「なん…今のは…」

「あれ?見逃しちゃいました?まだまだ、これから沢山上がりますよ。…ほら」

また、夜空が明るくなる。
地上にも光が届き、さっきまで見えなかったお互いの顔がハッキリと映し出された。
魔法みたいだ。セイロンはそう思ったがそれを口にしなかった。
言ったら魔法が解けるような気がして。
…もう少し、魔法にかかったままでいいと…そう思った。
「綺麗ですね。ここ、穴場なんですよ。帝都なんかじゃ召喚術とかも使ってもっとハデにやるんですけど、やっぱり花火は静かに見たいですから」

「…ああ、同感だ」

…はなび。
セイロンはその名前を確かめるように呟いた。
とても華やかで、綺麗なのに。
胸が切なくなるのは何故なんだろう。

花火の重低音に、心が、揺れる。

「さ、どうぞ。さっき買ってきたもの、食べながら見ましょうよ。飲み物もありますよ」

「…ありがとう」

「いえいえ、そんな大したことじゃ…」

「一緒に回ってくれて、な」

「あっ、はいっ、えと、オレも楽しかったのでっ!」

グラッドの慌てた顔が花火によって浮かび上がる。
その顔を見た途端何かがじわりと胸に滲み、笑みがこぼれた。

花火が、また1つ、上がる。



-END-


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