若者たち
1
「あの……別れてほしいの…」
「…………へ?」
もうすぐ春休みにも関わらずまだ夕方は肌寒い。羽織ったクリーム色のセーターの袖をギュッとつかんで彼女は言った。指先だけちょっと出てんのがかわいいよな・・・って、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
昇降口で靴をはこうと中腰のままのまぬけな体制。でも俺は動けなかった。
「ごめん…聞こえなかった……何?」
「……別れてほしいの。だから…あの…今日から送ってもらわなくていいから………今までありがとう。………ごめんね」
謝られちゃったよ。
彼女と付き合って約3か月、ほぼ毎日一緒に帰って家まで送っていた。可愛くて小さくて守ってあげたくなる彼女に俺は夢中だった。告白してオッケーもらったときは嬉しすぎて家の風呂で笑いながら泣いてたキモい俺。大好きだったんだ。家まで送るのだって全然苦じゃなかった。
「……………あー…なんで?」
平常心だ平常心。心を乱すんじゃないぞ。冷静に、まず理由を聞いてみようじゃないか。クールにキメるんだ。
右足スニーカー、左足靴下のままの恰好は十分格好悪かったんだが、そんな事には気づかないほど内心ぐちゃぐちゃ。それでも表情は崩さないようになんとか気を張っていた。
「え?」
きょとんとする彼女。うん、やっぱりかわいい。しばらくして意味を理解したのか一呼吸おいて口を開いた。
「……好きな人が、できたから…」
「…そ……そうなんだ…」
そうなんだってなんだよ。なんかあるだろ他に言うことが。でもそれ以外に何も言えないほど俺の頭の中は真っ白で、がんがん音が鳴っている。イヤだ…別れたくない。でもそんなこと言ったらウザがられて最悪嫌われる…。それはもっとイヤだ。どうする?どうすればいい?っつーか好きな人ってなんだよ?今までそんな素振りなかったぞ??いや…最近夜電話に出ないことが多かったような……いやいや、寝てたって彼女言ってたし!!ぐるぐる考えが回る。何考えてるのかもよく分からなくなっていた。
固まったまま何も表情を見せない俺にじれた彼女が口を開いた。
「あのね、いず「あっれー?マナミちゃんじゃーん!!何やってんの?今帰りー??んじゃ一緒にか〜えろっ♪」
彼女の言葉に被せて、この場の空気とは正反対のかっるい声が昇降口に響いた。
神妙な顔をしていた俺たちは、同時に声のする方を見上げる。そう、170センチの俺も見上げる程の長身の男が靴箱の陰からヒョイと現れた。
こいつ知ってる…同じ学年の有名なやつ。やたら顔が良くてスタイルよくてなんかキラッキラしてて、すげぇ噂がたくさんある俺とは縁のないイケメン。クラスは忘れたけど名前は確か・・・
「藤原くん」
ああそうだった。藤原なんとかってヤツ。
名前を呼び、彼女は頬を染めてイケメン野郎の方へ体を向けた。ん・・・?頬を………染めて??
俺は目を見開いた。そこには俺の見たことのない姿を惜しげもなく晒す彼女。うっとりとした表情に潤んだ瞳。
呆然とする俺なんか見向きもせず、藤原は彼女に近づき腰に手をまわした。お、俺なんか腰はおろか肩にさえ手をまわしたことないのにっ!
「もー話は済んだの?」
「あ、うん」
えっ!?済んだの!?済んじゃったの!!??
心の中で盛大に突っ込みを入れたが口に出せない。ってか、声が出ない。喉が熱くてじわじわする。
立ち尽くしてる俺に、藤原はゆっくりと顔を向けた。彼女の腰に添えた手をそっと押して、彼女を連れて俺の前に立つ。人好きしそうな笑顔が俺の目を見るなりニヤリとした嫌な笑顔に変わった。
「マナミちゃん、もらっていくねっ」
ポンッ。そんな音が聞こえる程彼女の顔が急激に真っ赤になる。隣にいる藤原の袖をキュッとつかむ。…かわいすぎる…俺なら完全ノックアウトだこのやろー。しかし、藤原は平然と彼女にさわやかな笑顔を向け俺の横を通り過ぎた。もちろん彼女を引き連れて。
背中から聞こえる二人の話し声が遠ざかっていく。
完全に聞こえなくなっても俺は声も出せず体も動かせず、たまたま昇降口の前を通る先生に声を掛けられるまで立ち尽くしていた。
もちろん、左足は靴下のまま。
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