◇夜空に謳う◇
2
ただいま、と言わなくなったのは6年生になってから。
自分を待つ人なんて居ないと解ったからだ。
「……」
朝、無言でアパートのドアを開けて部屋の隅にあるダンボールに近付く。
その中には学校の教科書や体操服、少ない自分の衣類が入っている。
その中から今日の授業の分の教科書を取り出してランドセルに詰める。
まだ学校には早い時間だけど家に居ても仕方ないので立ち上がった。
あの人は居ないし、多分また男の人と出ていったんだろう。
「あ…」
顔、洗ってないや…。
一度ランドセルを下ろして洗面台に向かった。
冷たい水で顔を洗って歯をみがいて…。
ふと鏡に映った自分の姿に、お父さんの事を思い出した。
「もう…誉めてくれる人、居なくなっちゃった…お父さん」
自分の髪をつまみ上げて、唯一人この髪の毛を誉めてくれた人を思い出して泣きたくなった。
『神楽の髪の色は綺麗だね。まるでお星様みたいだ』
『ホント…?おとうさんは、すき…?』
『うん、大好きだよ。神楽は嫌いかい?』
『…おとうさんがすきなら、すき…』
ほんの…2年前の会話、なのに…。
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