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花という名の無法地帯
二律背反の君を説く](花井と田島と泉)

おお振り異世界パラレル
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二律背反の君を説く]


目覚めたのは医務室のベッドの上だった。真っ白な世界のなかで、最初は身体も、もちろん頭の反応も驚くほど鈍くて、俺を診察していたらしい泉が何か言ったようだったけれど、何も聞き取れないほどの衰弱っぷりだった。身体が上手く動かないと思ったら、そりゃあ当然だ。自分が予想していた以上の怪我であったし、左腕はもうなかったのだ。大袈裟なほど厚く、頭と顔に巻かれた包帯のせいで左目も使えなかった。
しかしまあ、田島を庇った時、覚悟はしていたのだ。腕が焼かれて消し飛ぶ痛みは尋常ではなかったし、意識がとぶ寸前に見た左腕はもう炭で、こりゃあ駄目だと思ってはいた。昏睡している間に血液の洗浄と使えなくなった腕の切除が終わっていたんだから、まあ、良かったと言えば良かったのかもしれない。
「つーかな、そんな大怪我なの、おめえだけだかんな」
泉が不機嫌そうに言う。ある程度、落ち着いてから話を聞けば、どうやら俺は一週間以上も眠っていて、あの、オートキラーだとかいうマシンを壊したあとすぐに、敵の戦線地区は降伏したそうだ。結論として、『西浦』の騎士も住人も死ぬことはなく、第一層の被害は甚大だったものの、第二層も第三層も無事だったらしい。
ついでに、『白秋』と『和光東』からは多大な賠償金を搾りとれるそうだ。実際、規約はあるものの(完全に整備されていない感も否めないが)、実際に攻略戦争を『中立特区』に仕掛けたという前例は数えるほどしかなかったらしく(少なくとも、ここ十数年はなかったらしい)、社会的制裁はこれから決まるそうだ。しかし、同盟を組んだ戦線地区が騎士がたった十人しかいない『中立特区』に負けたのだから、それだけで十分な醜聞だろう。
基地の修復はもう始まっていて、榛名が関わったとかで『武蔵野第一』と、先日の借りを返す名目で『崎玉』が手伝ってくれているらしい(この借りに関してはまた別途に説明が必要になる)。さて、俺は、少しはキャプテンとしての役割を果たせたんだろうか。モモカンにはキャプテンが怪我したらダメ、とか言われてしまいそうだ。
「…水谷は松葉杖だし、巣山も骨折ったけど。阿部の…まあ、おかげで、被害が大きくなる前にあのバケモンの対処はできたわけだし。…おめえ以外」
「何度も言うなよ。…あのさ、阿部が壊し方知ってたのって、やっぱそういうことだよな…」
「箝口令らしいからな。詳しくは知らねえけど。そうだと仮定して、『戸田北』の件からニ、三年経ってんだろ。それまで音沙汰がなかったソイツがいきなり攻略戦争に投入されるのも変な話じゃねーか?」
「それに関しては?」
「調査中」
泉がカルテを挟んだボードをデスクの上に置く。名前も知らない花がいけられた花瓶は以前のものとは違うようだった。おそらく、この戦争で壊れたのだろう。
「花井。お前、へこんでねえのな」
「? 何?」
「腕、なくなっちまったのに」
「…あ、ああ、そうだな…」
実感がわかないだけかもしれない。触っても、もう左腕はない。動かそうとしても動かない。じわじわと焼けるようなもどかしい痛みだけが肩の切断面に張り付いている。俺は剣を扱うのだ。隻腕ではもう無理だろう。キャプテンだというのに、これでは御役御免ではないか。田島と競うつもりだったのに、漸く真っ向から向き合える気がしていたのに。
けれど、不思議と納得してしまっている自分もいるのだ。あのとき、もしも田島を助けられていなかったら、と考える方が恐ろしい。あれ。なんで俺は田島のことをこんなに。
「…そういや、たじ、」
「田島な。お前を抱えて大泣きしながら走ってくるからどうしようかと思ったぜ。あの田島が」
田島が。無茶をするようで阿部と並んで冷静なあの田島が、俺の怪我で動揺したという事実は不謹慎にも嬉しかった。いや、不謹慎も何も、大怪我をしたのは俺なのだが。
「………んで、その田島は怪我ねえのか。つーか、誰も見舞いに来てくれねえのはどういうこと」
「そりゃあ面会謝絶だからだよ。お前、痛み止めが効いてること忘れんなよ。ついでに、田島ならそこにいるけど」
「はっ!?あ、いっつ…」
俺が呻くと間仕切り代わりのカーテンが動いた。ひらりと捲れたカーテンの向こうにしょぼくれた顔をした田島が立っていた。

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その時の花井の有様といったら酷いものだった。肉の焼ける臭いはすぐに異臭になって、先のなくなった花井の左腕は焦げて火の粉が上がっていた。炭化してしまっている。俺を助けたのだ。
オートキラーはすぐに止まった。配線はちゃんと切断したはずだったのにどうして動いたんだ。どうしてどうして。花井に駆け寄るともう花井の意識はなくて、顔の左側は熱で焼けてしまっていた。俺のせい。花井。花井。
攻略戦争が終わった後も意識の戻らない花井には会えなくて、戻った後も面会謝絶が続いていた。こそこそと医務室の前まで行っていたことにきっと泉は気が付いていたのだろう。久し振りに会った花井は、顔色は良くなかったものの、意外と元気そうだった。少なくとも、地面に倒れ伏していた時の花井ではない。でも、顔半分は包帯だし、左腕は肩から先が無くなってしまっていた。俺は謝らなくてはいけないはずなのに、俺を見て、きょとんとした花井が愛しいと、場違いにも思ってしまった。
「はない…」
「…怪我ねえか」
「花井ほどじゃねえよ」
「ははっ、そりゃそうだ、いてて…」
花井が顔を歪めた。びっくりするくらい胸が痛かった。俺のせいで花井の綺麗な腕が、考えれば考えるほど心が苦しい。俺は本当に花井のことが好きだった。こんなにも好きになってしまっていた。
「花井、ごめんな…!」
「お前のせいじゃねえよ。やるべきことはやってた、動力が残っちまってた、運が悪かった。そんだけだろ。それに…前におめー言ったよな。『花井だって俺がやばくなったら助けてくれんだろ』ってさ。そうしただけだよ」
花井は片方だけの飴色の瞳で俺を見る。柔らかな色は穏やかだった。やっぱり花井は優しい。優しい優しい。さっきまで痛かった心がむずむずとしてくすぐったい。あったかい。何だか叫び出したい気分だ。
俺と花井を交互に見遣ったあと、それまで黙っていた泉が口を開いた。
「でさ、花井。お前、どうすんの」
「何が?」
「…顔はウチにある人工皮膚でどうにかしてやれっけど、腕は中央に、東京ブロックに行かなきゃ質のいい義手は手に入らないぜ」
「あー、その手があったか」
「その手って…どうするつもりだったんだよ。阿部だって義足だろうが。あのレベルはないと戦闘には復帰できねえぜ」
「おー」
「と言っても、基地の修復がそれなりに終わって、お前の体力が回復してからだけどな。それでなくても、キャプテンは狙われるから、誰か護衛に付けねえと」
ここだと思った。俺が勢いよく手を挙げると花井と泉は驚いたように身を竦めて、花井は痛ぇと呻いた。ガチャ、と太股に付けていた小刀が鳴った。
「はい!俺!俺が、」

「今度は俺が花井を守るよ!!」

少しの間の後、花井はすごく微妙そうな顔をして、泉は噴きだした。なんでだろう、俺はシゴク真剣なのに。ひび割れた窓ガラスの隙間からは風と、ついでに誰かと誰かの笑い声が聞こえてくる。
そうだ。なあ、花井。皆も頑張ったけどさ、ここはお前がキャプテンだから守れたんだぜ。花井。
「まーそれは阿部達とも話し合って決めるとして…田島、俺も相当記憶が曖昧なんだけど、オートキラーから飛び降りたとき、お前、俺に何か言おうとしてなかったか」
「…、ないよ!」
「そおかあ?」
花井は怪訝そうな顔をしたが、俺は笑って誤魔化した。花井にはまだ言えない。好きだって言えない。だって、今ここで言ったのでは、あまりにも格好悪すぎる。
花井、今度は俺が守るよ。守り切ってみせるよ。そうして漸く、好きって言える気がするんだ。


(たぶん、ここからがはじまり)


Fin
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どうにか完結しました。田花といいつつどっちが受か微妙な上に全然いちゃつかない話でした。
だから東京編が書きたい!書きたいのですが…長くなりそうなので踏ん切りがつきません。ううむ。

ちなみに中立特区はブロックごとに1〜2つです。戦線地区にとっても中立特区は割と重要な位置を占めており、他地区との攻略戦争で怪我人の処置が追い付かなくなった時に受け入れてもらったり、ケモノに襲われた時に助けてもらったり、補給をしてもらえるので仲良くしておく方が吉です。なので、立場上有利なのに戦線地区が中立特区に攻略戦争を仕掛けることが殆どないのです。
また、キャプテンが狙われる理由は、キャプテン(大将)の首をとれば、攻略戦争をせずとも首をとった戦線地区の勝ちとなり、とられた地区を自由にできるからです(この時、既に次期キャプテンを立てていれば問題ありません)。このやり方は褒められたものじゃないのですが、最近は情勢が乱れているのでキャプテンの暗殺も横行しています(今回、中立特区である西浦が攻略戦争を仕掛けられたのもこういう背景からです)。
なので、基本的にキャプテンと副キャプテンには護衛が付きます。バディが兼任することが多いです。この時点ではまだ決まってませんが、花井には田島、阿部には三橋、栄口には巣山(と水谷)が付く予定です。三橋は花井や阿部よりも敵に対する容赦がないイメージです。Tでも書きましたが、田島も同様です。
西浦の戦闘員は花井、阿部、栄口、田島、三橋、巣山、水谷(後に後方支援要員)。システム管理に沖、西広。沖が迎撃システム、西広が通信システム(索敵、レーダー管理含む)を扱っています。騎士が少ない西浦にとって、システム管理は重要です。泉は軍医ですが、いざとなったら戦闘にも参加します。ちなみに緊急時に住民の避難などのサポートをしてくれる別働隊もあり、それのリーダーが浜ちゃんです。…これって最終話にする説明じゃない!!

ここまで読んで下さってありがとうございました!

感想お待ちしてます。


20120212 玖瑠璃

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