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花という名の無法地帯
二律背反の君を説くW(栄口と泉)


おお振り異世界パラレル
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二律背反の君を説くW


白い敷布とブランケット、そしてシミひとつ無い真っ白なカーテンで構成された世界が俺は酷く苦手だった。その清潔さに自分の油断や迂闊さを戒められているような気がしてならないのだ。消毒液の匂いが空気のようになってしまっている一室で、カツカツと苛立たしげな音が響いてくる。俺は支度をする手を止めた。
「泉、落ち着けって」
「これが落ち着いてられっか!」
バーンと派手な音をたててカルテが壁に叩き付けられた。とばっちりを受けた花瓶がガタガタと揺れて薄紅色の花びらが一枚、白いデスクの上に落ちる。ちゃんと花瓶に活けてあるところを見ると、浜田さんが持ってきたポピーはどうやら大切にされているらしい。
「阿部の奴、なんで診察に来ねぇんだよ。テメェの脚の状況わかってんのか!」
「あーなんか反応が悪いって言ってたね」
「多分、神経の接続が上手くいってねぇんだと、思う…俺も専門じゃねぇから実際に見てみねぇことにはわかんねーけど。ったく、戦闘中に動かなくなったら確実に死ぬぞ」
「三橋に頼んだんでしょ?だったらすぐに来るよ」
「だと良いんだけどな」
深い深い溜息を吐いた泉は先程までデスクを叩いていたのだろうボールペンを指先で弾くように転がした。コロコロと転がった先には薄紅の花びらが一枚。泉はもう一度息を吐いた。
詰まるところ、泉は阿部のことが心配なのだ。辛辣な言葉の裏には仲間を思い遣る気概が見える。阿部の脚は爆弾を抱えているから尚更だ。
「つーか田島も」
「田島?」
「あいつ、この前、血ヘド吐くほど背中ぶつけたのに、軽い診察受けただけで済ませやがった。トレーラーの中でだぜ?内臓傷付けてんだろうに、全くよ」
「…泉」
「死ぬんだぞ、マジで」
暗く泉の瞳が陰った。何と無く直視していられなくて俺は泉から視線を外すと、ゆっくりと医務室を見回した。几帳面なまでに整頓された部屋(片付けは篠岡がしているらしい)には不釣り合いなように見える鎖鎌に俺は目を止めた。
壁に掛けられているそれは泉のものだった。俺は昔、泉が戦場で戦っているのを見たことがある。常に前線にいたはずの泉がどうして軍医に収まっているのかというのは此処に配属されてからの常の疑問であった。けれど多分、その理由はもう戦えなくなってしまった泉の元バディにあるのだろう。
「泉はもう戦わないの?」
「…俺以外に医者が居たら考えるけどな」
口の端だけで笑う泉は何とも皮肉げで、けれどただ強がっているだけのようにも見える。これ以上、深く聞くのは憚られた。
「…俺、そろそろ行くね」
「栄口」
「見回り行かないと。最近は巣山一人に任せきりにしちゃってたから…それに最近、『ケモノ』の反応が増えてきたって西広が言ってたんだ」
「あー。それで沖が迎撃システムをいじってンのか」
なるほど、といった様子で泉が瞬いた。大きな黒い瞳は宝石のように綺麗で愛らしいというのに、その性格は誰よりも男前だというのだから神様も面白いことをするものだ。
「でも、あんま無理はすんなよ。確かに退室許可は出したけど、傷が開いたら元も子もねぇんだからな」
「うん、ありがと」
俺は泉の言葉に頷いて腰掛けていたベッドの敷布を直した。一週間ばかりお世話になってしまった白い世界とも、もう当分はお別れしたいところだ。ベッドサイドに立て掛けておいた細戟を肩に掛けたところで扉が開かれた。
「阿部!?」
「うお、何だよ泉、どうした」
「花井かよ!阿部は!?」
「え、後ろに居るけど」
見れば苦虫を噛み潰したような顔をした阿部が花井の後ろから中を覗き込んでいる。阿部は泉に任せるとして、俺は泉の剣幕に唖然としている花井に向き直った。
「花井はどうしたの、怪我?」
「…や、お前の様子を見に来たんだ。ずっと見舞いに来れなくてごめんな」
花井が申し訳なさそうに眉尻を下げた。そんな表情をしないで欲しい。怪我をしたのは自分のせいだし花井が忙しいことだって重々承知なのだ。騎士としてもキャプテンとしても。それでもチームメイトを気に掛けることが出来るのが花井の良いところで、俺はそこを非常に好ましく思っていた。
「花井は優しいねー」
「えっ、うあ、そんっ、そんなことねーよ!」
「あるよー」
照れたように口許を歪める花井。ふわふわと花が咲きそうなほど穏やかな空気の裏で徐々にギスギスとした雰囲気が医務室を侵食し始めている。これは泉が怒髪天を衝く前にさっさと退散した方が良さそうだ。
「じゃあ、お世話になりました。泉、またね」
「おー…」
ああ地を這ってるよ声が。俺は花井の腕を引っ張って外に出た。身体に染み付いた消毒液の匂いがふわっと風に流れて消えていった。


(信じていたのだ。不安定だけど穏やかで、騒がしいけど暖かな日々がずっとずっと続いていくと)



(そう信じていた、のに)


Fin
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栄口くんの言っている『ケモノ』は『化物』と書いて、この世界での魔物を指します(二章で田島と花井が戦っていたやつです)。
これの設定もあるのですが、今はまだ『敵』ということで置いといて下さい。姿形は動物から人型まで色々です。
この話でモモカンとシガポ以外の西浦メンバーは(名前だけの人もいるけれど)全員出せたと思います。次からそらそろ物語が動く予定です。


感想お待ちしてます。



2010*0522 玖瑠璃

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