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花という名の無法地帯
例えば後悔の後に(和準)






確か春の中頃にしては風の冷たい日だったように思う。
まるで凍ってしまったように青い空から、真っ白な桜の花びらが雪みたいにゆらゆらと舞い落ちていたのが酷く印象的だった。


(ありがとうございました)


そう言って、
去っていた背中。


利央は笑っていたと言うけれど、俺にはどうしてもそうは見えなかった。

それが利央の願いだったのか、
或いは俺が捻くれていたのか。


今でははもう、
確かめる術さえない。


この今になっても、時々思う。


もしもあの時、
あの腕を引けていたのなら、と。





例えば後悔した後に





一年ぶりに会った準太は、
準太なのに準太じゃなかった。

柔らかな小麦色をしていたはずの肌は蛍光灯の光の下で奇妙なくらい白く見えたし、楽しげに跳ねていた短かめの髪はざんばらに伸びてその首筋を隠している。

どんな姿だって、
準太は準太なのに。

その違和感が拭えない。

俺の目の前にいる準太は、
まるで俺の知っている準太じゃない。


額から右眼にかけてを覆う、痛々しい包帯が余計にその違和感を際出たさせているように思えた。

「…」

俺は無意識に準太の頬へと手を伸ばしていた。
その頬にある真新しい擦り傷を指で辿って、左眼の縁に触れる。
うっすらと赤いそこを親指の腹で擦り上げれば、今まで呆然と俺を見詰めていた準太がはっとしたように肩を震わせた。

「か、かず、かずさん…っ?」
「おう、どうした」
「ほ、ほ、んと、に…?」

未だ動揺している準太に、ふと今日の朝のことが思い出される。
ヤシマ作戦で殉死した隊員達の後続として俺の名前が呼ばれたときの、あの準太の顔といったらなかった。

「オバケにでも見えるか」

はぐらかすように俺が笑うと準太は眉間に皺を寄せて、くしゃりと顔を歪めた。
揺れた闇色の瞳は涙さえ浮かべていなかったが、痛切な光を宿して俺を映している。

「な、んで…」

少し低めの声が掠れて、
苦しそうに零れ落ちた。

「危ない、のに」


危ないのに、か。


準太の言葉を頭の中で反芻させた俺は、そっと目を伏せた。
それが、指先に触れたままの準太の頬の熱をやけにリアルに感じさせる。


じゃあその戦禍の真っ只中に身を置いているお前はどうなんだ?

危ない、
なんてもんじゃねぇだろう。

いつだって付き纏うのは、
死への恐怖と叫び出したいくらいの痛苦じゃないのか。


俺は渦巻く気持ちを抑えるように低く言葉を吐き出した。

「準太」
「…」
「…来ちゃまずかったか」
「…っ、そん、な、こと…!」

一瞬声を荒げた準太は続きの言葉を探しあぐねたように目を泳がせると、唇を噛み締めて悔しそうにじっと俯いた。

その動きに合わせて、さらりと黒い髪が散る。
長い睫毛が小さく震えて、心なしか薄く染まった頬の上にぼんやりと影を落とす。


その項を流れた一筋の髪、

ふと香る、
花にも果実にも似た、

甘い匂い。


ふと過ぎったのは、
違和感の正体だった。




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あきゅろす。
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