空(助けられた猫のお話)
Celestial CatV(鮫イタ)
何かひとつ、と。
目に飛び込んできたのは、
貴女によく似た煌めきだった。
Celestial CatV
「要らない」
なんの躊躇いもないイタチの言葉に、鬼鮫は困惑したように眉尻を下げた。
「そんなわけにも…」
「俺はお前に借りがあって、ここで働いているんだ。それに…寝床だってお前に借り受けている」
「ですが…」
「…だから」
未だ言い募ろうとする鬼鮫に、
イタチはピシャリと言った。
「給料なんて必要ない」
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そういうわけにもいかない。
イタチに断れてからの数日間、鬼鮫は悶々とした日々を過ごしていた。
イタチが店を手伝ってくれて、
とても助かっているのだ。
それなのに、給料を受け取ってくれないなんて。
それでは自分の気が済まない。
鬼鮫は隣に座るイタチをちらりと盗み見た。
イタチは牛乳の入ったグラスを口許にあてながら、じっとテレビの画面を見つめている。
する、と黒い尻尾が畳を撫でた。
鬼鮫はイタチに倣って、
それに目を向ける。
青い光を帯びた水槽の中に咲き乱れるように踊る魚の群れ。
白イルカとシャチが華麗に遊び、水面を跳ねる。
その画面には、
最近出来たばかりの水族館のコマーシャルが映し出されていた。
「イタチさん!」
突然大声を上げた鬼鮫に、イタチは飲んでいた牛乳のグラスを取り落としかけた。
どうにか掴み直したものの、ぱたぱたと机の上に白い斑点が散る。
「…?、どうした?」
イタチは驚きに目を瞬きながら、唇に付いた牛乳を拭っている。
そんな彼女にはお構い無しに、鬼鮫は彼女に向き直ると、意気揚々とその手を握った。
「行きましょう!」
「え?」
「行きましょう、水族館!」
「…はあ、え?」
突然の事でびっくりしたのか、耳をピンとたてたイタチは、瞬きを繰り返しながら鬼鮫を見つめる。
そして、その勢いに圧倒されたように、こくんと頷いた。
「では…今週の日曜日、約束ですよ!」
「?、…ああ」
半ば呆気にとられたように首を傾げているイタチを目の端で捉えながらも、鬼鮫は内心、踊り出したい心持ちだった。
これで少しは、
イタチに恩返しが出来るだろう。
そう思ったのも事実だが。
何より、丸一日、
なんの邪魔もなく、イタチと一緒に居られるということが、ただ単純に嬉しかった。
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水族館は、日曜日というだけあって人で溢れかえっている。
波打つようなざわめきの中で、鬼鮫の隣に立っていたイタチは自身の帽子を深く被り直した。
「どうしました?」
「…この人混みの中でこれがとれたら笑えないだろう?」
帽子を指差してみせたイタチに、鬼鮫は少し意地悪く唇を歪める。
そして、その帽子の内に隠れているイタチの耳元に唇を寄せると、小さな声で呟いた。
「尻尾も、ですよ」
「…わかっているさ」
心外だとばかりに、プイと横を向いたイタチは拗ねたように唇を尖らせた。
それが、また背筋がむず痒くなるくらいに可愛くて。
ぼんやりとその横顔に見惚れていた自分にはっとした鬼鮫は、ごまかすようにイタチの手を引いて歩き始めたのだった。
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小さな橙色の魚が漂うようにイタチの目の前を通り過ぎて行く。
それを追って視線を泳がす彼女を鬼鮫はじっと眺めていた。
無邪気に硝子に手を伸ばす姿が、まるで小さな子供のようだ。
鬼鮫は穏やかな気分でイタチの背を見つめていたが、ふと、その視線を少し下に落とした。
気を付けているのだろう、
イタチの尻尾は大人しくパーカーの下に収まっている。
それが何となく可笑しくて、鬼鮫は口許を押さえて小さく笑った。
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