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空(助けられた猫のお話)
Celestial CatU(鮫イタ)




「鬼鮫、これはここで…」
「はい、大丈夫です…て、イタチさん、帽子!」




Celestial CatU




干柿家は代々続いている酒屋の家系で、その名を言えば、たいていの人間は頷く老舗だ。

鬼鮫はその七代目にあたり、
現在は修業中の身にある。


「今、本社の方で新酒の鋳造に取り組んでいるのですが、その影響で私の受け持っている支店には人手が全然足りてないんです。だから」


真摯に自分の話を聞いているイタチに、少しこそばゆい気持ちになりながらも、鬼鮫は続ける。


「こちらに人が戻ってくるまでの二ヶ月間、私の店の手伝いをして頂きたいんです」
「二ヶ月…」


鬼鮫の提案を受けて、イタチは考え込むように俯いた。
濡れている艶やかな黒髪が、膨らみを帯びた胸に流れる。


「…っ」


その淡く香るような色香に、
鬼鮫はイタチからぱっと目を逸らした。
そんな鬼鮫の心情など全く意に介していないイタチは、その視線を彼に戻して一つ頷く。


「わかった」
「そ、そうですか、ありがとうございますっ」


目の遣り場に困っていた鬼鮫は、それだけ聞くと、イタチから預かった衣を洗いに洗面所へと向かったのだった。



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あれから半月が過ぎたが、
イタチのことは何一つ聞けていない。

けれど、鬼鮫はそれでも良いような気がしていた。


彼女が、
自身で唇を開いてくれるまで。



ふっと息を吐いた鬼鮫は、花の刺繍の入った帽子をイタチに手渡した。
象牙色のそれは、鬼鮫がイタチのために買ってきたものだ。


流石に、人前でイタチの獣の耳を平然と出しておくわけにもいかないだろう。


鬼鮫から帽子を受け取ったイタチは、忘れていたとばかりに自分の耳を撫で付けると、髪の毛ごと仕舞い込むようにそれを被った。
けれど、なかなか上手くかないのか、何度も被り直しては、小さく耳を動かしている。


その様子がまた可愛らしい。


緩む口許を押さえた鬼鮫は、やっと納得したのだろう、少し満足気な顔をしているイタチに声をかける。


「イタチさん、今日は配達に行きますよ」
「配達?」
「ええ、少し寄りたいところもありましてね」


カウンターに置いてあった地図を手に取ると、鬼鮫は軽くそれを叩いた。


「一緒に行きますか?」
「…ああ」


無表情を装ってはいるが、実はイタチが車に乗って出掛けることが嫌いではないのを、鬼鮫は知っていた。
その証拠に、イタチが長めのパーカーの下に隠している尻尾を、嬉しそうにぴんと伸ばしたのがわかる。


鬼鮫はイタチに気付かれないように小さく笑うと、大きめのプラケースを担いでトラックへと向かった。



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「鬼鮫は会社で一番偉い者の息子なんだろう。何故、本社では無くて、こっちで働いてるんだ?」


窓からの風に髪を遊ばせていたイタチが、思い付いたように口を開いたのは、車が発進してから間もなくのことだった。


「…」


こっちで、というのは、
支店で、ということを指しているのだろう。


信号待ちで地図を広げていた鬼鮫は、イタチの突然の問いに言葉を詰まらせる。
苦虫でも噛み潰したかのような顔をして、指の先でハンドルを弾いた。


「いや…その、信用が無くて」
「信用?」
「…私も…昔は、やんちゃだった時期があってですね」


そう言った鬼鮫の視線は、明後日の方向でも見るかのように宙をさ迷っている。


思うところは多々あるようだ。


「しかも、いい歳なのに結婚もしてませんしねぇ。父が怒る理由もわからなくは無いですけど」


はは、と乾いた笑いに唇を歪める鬼鮫に、イタチは思案するように小さく呟いた。


「…結婚…」


ぽつりと零れたイタチの言葉に、鬼鮫は、はっと目を丸くする。


「い、いえ…!そういう方はいないんですけど!」


わたわたと狼狽えている鬼鮫に、今度はイタチは目を丸くした。
不思議そうに眉を顰めた後、ゆっくりと前を向く。





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