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空(助けられた猫のお話)
Celestial CatZB




まだ、眠い。



鬼鮫は窓から視線を外すと、ゆっくりと畳の上に転がった。
畳の香りが鼻孔を通って、肺の奥へと沈んでいく。

そして、その清々しい香りの中にふっと混じった、

切なくなるほどに芳しい、

花のように甘い香り。



「…?」



誰かが、居る。


ぱさりと自分の頬に流れたのは、夜目にも映える美しい黒髪。

ぼんやりと暗い雨の光の中で、
その人影は猫のような獣の耳をそよがせて、自分の顔を覗き込んでいた。



忘れもしない。

あの、鮮やかな真紅の瞳で。



「…やっと、」



出てきて下さいましたね。



雨に音を奪われた空間の中で、
たゆたうように響いた己の声を聞きながら、鬼鮫は穏やかに微笑んだ。
その人影に手を伸ばして、形の良い滑らかな白い頬を撫でる。


その人影はそれを拒む事なく、薄い唇に弧を描いて小さく笑った。



ああ、
私はまだ眠っている。

そうに違いない。


けれど、
それでも構わない。


やっと、やっと、

あなたに逢うことができた。



「…私は…もう、目覚めなくてもいい、です」


この夢が醒めないでいれてくれるのなら、一生。


ぽつりと呟かれた鬼鮫の言葉に、その人は少し目を瞠って、不思議そうに首を傾げる。
そして、困ったように笑った。



「…この夢から醒めたくないと言うのなら、もう一緒に出掛けることはできないな」


その声音は、
確かに響いた。


「…!」


完全に覚醒した意識。
鬼鮫は弾かれるように畳から起き上がった。


嘘だ、そんなはずない。

けれど、確かに。


「イ、タチさ…?」
「…ああ」
「本、当に…?」
「…ああ」


混乱する頭に響く、
単純で短い返答の言葉。


たったこれだけの言葉、

けれど。



この鈴のような愛しい声音を、

私はどれだけ、
望んでいたことだろう。



気が付いたとき、鬼鮫はイタチの華奢な身体を乱暴に掻き抱いていた。
イタチのしなやかな黒髪が彼女の香りと共にふわりと舞う。


「…鬼鮫」


何も言わず、ただ己の身体をきつく抱きしめる鬼鮫に、イタチはその細い腕を彼の背に回した。



「…もう…、二度、と…」


会えないと。


鬼鮫の言葉が言い終わる前に、
イタチは自身の人差し指でそっと彼の唇に触れた。
身体をゆっくりと離して、じっと鬼鮫の顔を見る。


「なぜだ?」



願いはカタチになるのに。



鬼鮫はただ目を見開いた。
それとは対照的に、イタチはその瞳をすっと細めると柔らかに微笑む。




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あきゅろす。
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