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空(助けられた猫のお話)
Celestial CatZ(鮫イタ)





願いは、ひとつ。




Celestial CatZ




さわさわと笹の葉が鳴る。
商店街は七夕祭の雰囲気に活気づいていた。
色とりどりの紙飾りは町内会の子供たちが作ったものらしい。
不揃いな折り紙の輪っかが風に揺れて涼やかな音をたてている。


「祭だなァ…」


飛段は窓辺に頬杖をつきながら、世話しなく行き交う人々の波を見下ろしていた。
初夏の湿った風が室内に入り込んで、冷えた空気に溶けていく。


「飛段、エアコンをかけているのに窓を開けるな。ついでにサボるな、仕事をしろ」
「…へいへーい」


怒気を含んだ角都の声色に、飛段はやる気の無い声を上げるとゆるゆると窓を閉めた。
途端、べたつくような暑さと何処からか聞こえていた太鼓の音が遠退いていく。


相も変わらない二人のやり取りを聞いていた鬼鮫は、小さく笑うと持っていた酒箱を床に置いた。


「頼まれた品です」
「おう」
「では、私はこれで」
「…あのさァ」


今まで軽薄に会話を交わしていた飛段の声音が変わる。
鬼鮫がゆっくりと振り返れば、案の定、少し俯き加減に彼を見る飛段の姿があった。


「どうしました?」
「…ずっと、聞こうと思ってたんだけどよォ…」


ああ、遂に来たか。

むしろ、この一年、
よく待ってくれていたと思う。


気持ちの整理が、
ついたわけではないけれど。


「…イタチさん、ですか?」
「!」


意外にも簡単にその名前を口にした鬼鮫に、飛段はぱっと顔を上げた。
しかし、それ以上は何も言わずにただ鬼鮫に視線をやる。


「いなくなっちゃいました」
「…いなくなったって…」
「……愛想、つかされちゃったみたいで」


こう言うしかない。


鬼鮫は頭を掻くと、困ったように唇を歪めて笑った。
それを見た飛段は一度視線を逸らすと、再び鬼鮫を見る。


「お前はそれでいいのかよ」
「…仕方ない、ですから」
「…じゃあ、仕方ねぇって顔してみろよ」
「え?」
「お前、自分がどんな顔してるか知ってっかァ?」


飛段は白い指先で軽く鬼鮫の眉間を弾く。
どこか呆れたような笑みを浮かべた彼女は、それでも真剣な眼差しで鬼鮫を見つめていた。


「仕方ねぇって割り切っちまった奴はなぁ、こんな辛気臭ぇ顔しねぇんだよ」
「…」
「…諦めきれてねぇんだろ」
「そ、んな…」


そんなことは無いですよ。



そう言うだけなのに、
どうしてか二の句がつげない。


飛段の真っ直ぐな言葉に、
今度は鬼鮫が俯く番だった。


「…俺達さァ、どんだけ長い付き合いだと思ってんだよ」


馬鹿、と笑った飛段は軽く鬼鮫の腹を小突く。
そして、少しだけ寂しそうに眉を顰めた。


「これでもさ、ずっと待ってたんだぜ?お前から言ってくんの」
「…すみません」
「まぁ、俺にとってはどうでもいい話だがな」


低いが良く通る声。
いつの間にか、角都も大量に積んである書類の山から視線を上げて鬼鮫を見ていた。


「…仮に結婚祝いなど、お前にはもったいない話だ」
「……角都よォー…」


角都の言い分に、飛段は半ば呆れたように腰に手をやって唇を歪める。
煌めく銀色の髪が彼女の動作に合わせてさらりと揺れた。


「ま…あれだ、ひょっこり帰ってくっかもしんねぇだろォ?」


角都から視線を外した飛段は明るい調子でそう言った。
鬼鮫は何も答えずに、ただ小さく微笑む。



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