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空(助けられた猫のお話)
Celestial CatYB




「…!」


鬼鮫は顔を上げた。
そして、目の前に広がる光景に言葉を失う。


何ひとつ、
動いていなかった。

騒ぎ立てる人影も壊れた街灯も、
雨に弾ける小枝の葉さえ、何ひとつ。



まるで時間が、
止まってしまったかのように。



「まさか、本当に変えちまうなんてな」


耳も痛くなるほどの静寂の中で、凛と響いた声。
鬼鮫は咄嗟に振り返った。


鬼鮫の背後、そこには豊かな金色の髪を遊ばせた碧眼の少女が立っていた。
髪と同色の翼を一度はためかせたデイダラは、黙って鬼鮫を見つめている。


「…!」


そして、彼女の姿を見た瞬間、
鬼鮫ははっと息を呑んだ。

デイダラが纏うその紗。
それは確かに、イタチと初めて出会ったときに彼女が纏っていた衣と同じものだった。


「…っ、あなたは、」
「イタチは消えた」


鬼鮫の言葉を遮るように、はっきりとそう呟いたデイダラは鋭い眼差しで鬼鮫を見据えた。
目の前の事実に鬼鮫は声を出すこともできず、ただデイダラを見つめ返すことしかできない。

デイダラは唇を開いた。


「お前にできることは…せめてイタチが生まれ変われるように願うことだけだ、うん」


鬼鮫は目を瞠った。
信じられないとばかりにデイダラの言葉を反復する。


「…生まれ、変わる…?」


そんなこと、が?


デイダラは自身の言葉に呆然としている鬼鮫を見て、小さく鼻を鳴らすと、悠然と腕を組んだ。


「…あいつはオイラ達の中でも先読みを任された徳の高い天女だったからな」



先読み、の、

…天…女。



鬼鮫はデイダラの言葉の通りに唇を動かした。
奇妙な感覚が胸の内を満たしていく。


イタチと出会ったあの日、
彼女を天女と見違えたのは偶然ではなかったのだ。


「綺麗なまま死ぬことのできた運のいい奴は、上でこういう仕事を承ることもあるんだよ、でなけりゃ」


デイダラは強気に鬼鮫を見つめていた眼差しをすっと落として、小さく笑った。


「お前を助けることなんて…お前の運命を変えることなんて、きっと出来なかったろうな、うん」


先程までとは打って変わった、
深い湖底を思わす青い瞳。
その穏やかさは、彼女がイタチを好いていたということを雄弁に語っていた。


「あくまで…可能性の話だ。本当に生まれ変われるかなんてわからねぇ、けど」


デイダラは鬼鮫を見た。
鬼鮫は彼女の次の言葉を促すように、真摯に頷く。

デイダラは少し言い淀むように唇を結んで、そして言った。


「…仮にイタチが生まれ変わることができたしても、多分、お前を…覚えていない」


新しい命を受けるということは、そういうこと。


「それでも…お前は、あいつの幸せを願えるか?」



イタチの幸福を願えるか?



デイダラの真っ直ぐな瞳。
その汚れを知らない純粋な色の瞳は、もう見ることの出来ない、


あの真紅の光を想わせた。



一度目を伏せた鬼鮫は、
ただ黙って彼女を見る。



その心は決まっていた。




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あきゅろす。
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