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空(助けられた猫のお話)
Celestial CatY(鮫イタ)





そして、

時は流れた。




Celestial CatY




窓から吹き込む風が、
夏の匂いを運んでくる。

水色のカーテンがはためく音と窓辺に飾り付けられた風鈴の奏でる涼やかな音色を聞きながら、鬼鮫はそっと箪笥に手を掛けた。


その中から取り出したのは、
艶やかな光沢を放つ一枚の紗。


鬼鮫はそれを恭しく手に取って、柔らかに目を細めると、そのまま窓の外を見た。


そこには、夏の色を呈した空が切り裂いたような薄い雲を載せて、どこまでも広がっている。




あれから、季節は廻って、

そして、二度目の夏が訪れた。




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「…イタチさん!」


まるで火でもついたかのような喧騒の中で、鬼鮫はイタチの許へと駆け寄った。
その、ぐったりとした細い身体を抱き上げる。
いつもよりも華奢に感じる身体は雨と鮮血に濡れて、奇妙なほど鮮やかに見えた。



どうして、なんで。



鳴り響くような混乱の中で、鬼鮫は必死にイタチの名前を呼ぶ。
雨水を吸って張り付いた衣服が、不快なほどに重く感じられた。


「…タチさ、イタチさん…!」
「…、…さ、め…?」


鬼鮫の懸命な呼び声にイタチはうっすらと目を開けた。
虚ろな光を宿した紅の瞳が、ゆっくりと鬼鮫を映す。
イタチは彼が無事なのを確認すると、安堵したような微笑みをその口許に浮かべた。


「よ…かっ、た」
「…っ、どうして…!」


煉瓦に焼けたタイヤの痕。

本来なら、ここに横たわっているのは自分のはずだった。

少なくとも、
あなたではなかった!


まるで自分が傷を負ったかのように悲痛に呻く鬼鮫に、イタチは少し切なそうに眉を顰めた。
その震える睫毛にまた一滴、雨粒が落ちてきらきらと煌めく。


「私は…っ、あの日、あなたを助けられなかった…!」


それなのに、あなたは。


慟哭にも似た悲痛な声。
その言葉にイタチは緩やかに首を横に振る。
そして、その氷のように冷たくなった指先で鬼鮫の頬を撫でた。


「…お前…は、俺を…助け、てく…れたん、だ…」


イタチは思いを馳せるように、
ゆっくりと目を細めた。


今でも、
思い出すのは難しくない。

あの日のことを。



撥ねられた瞬間のことは、
よく覚えていない。

気が付いたときには、
もう、自分はあの樹の下で動くこともできなかった。


身体が重い。

痛いくらいに熱い。

これが死ぬということか。


上手く働かなくなった頭の何処かで冷静に考えながら、ただ死んでいく自分を感じていた。

そう、
たった独りで。

自分が生まれてきた理由さえわからないまま、誰にも知られずに消えていくのだと。



そう、思った。



けれど、お前が、
血に塗れた汚い俺をその手で拾い上げて。

そして、その暖かな優しい瞳で、俺を看取ってくれたから。


誰かを恨むことも、
自分の運命を呪うこともなく。

逝くことができた。


わかるか。


くだらないと、
笑うかもしれないけれど。

この時、俺の心は、
確かにお前に救われていたということ。



それが俺にとって、
どれほど幸福なことであったか。


お前にはわからないだろう?



イタチはふっと微笑んだ。
もう光すら宿さなくなった瞳を柔らかに細めて。



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