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空(助けられた猫のお話)
Celestial CatXB




「数年前のことですが…私、あの桜の木の根元で子猫を拾ったんです」


拾った、という言い方はおかしいかもしれない。


別れは、
その数瞬後だったのだから。


「…けれど、その猫は…車に、撥ねられてしまっていて」


見つけた時には、
もう手遅れで。


「…助けてあげることができませんでした」


本当に小さな黒猫だった。


鬼鮫は己の掌に視線を落とす。



この掌に収まってしまうくらいの小さな身体だった。


もう震えもしない、

最期の瞬間の、
ゆっくりとした呼吸の合間に。


最後に自分を映した、あの。


あの、




―…あの瞳は何色だったか。




鬼鮫はイタチを見た。

鬼鮫の言葉に驚いたように目を見開いた彼女は、その瞳で鬼鮫を見つめ返す。





その、


鮮やかな真紅の瞳、で。





「…イ…タチ…さ、ん?」
「…覚えていて、くれたんだな」


イタチの唇から零れた声音は、
哀しいくらいに穏やかだった。


「鬼鮫…あの日、お前に救われたものは、まだここにある」


イタチは一度俯くと、
自分の胸元に手をあてる。

そして、その顔を上げて、
揺らぐことのない鮮やかな紅で、鬼鮫を見た。



「だから今度は、俺がお前を」










助ける。










瞬間だった。



手を離れた傘が宙を舞う。


歩道に倒れ込んだ鬼鮫は、
身体に響くような鈍い痛みに小さく呻きながら、上体を起こした。



そして、見つけてしまう。



息をすることも忘れた。


いっそ、この両目が潰れてしまっていたのなら、その光景を見なくてもすんだのだろうか。






ああ、

どうして。






大判のショーウインドウを突き破って、大破した車の残骸。

散らばった硝子の破片。

逃げ惑う人々。

揺らめく炎。


そして、壊れて点滅を繰り返しているブティックのライトが照らすのは、雨に濡れた小さな身体。



散らばる黒髪、

赤い血潮に染まる白い肌。



車に撥ねられたイタチの身体は、ただ力無く、鈍色の煉瓦の上に横たわっていた。







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補足ですが、鬼鮫さんは自分の店の2階に住んでいます。

わりと勝手がいいですね!(何



この話は物語の軸となるものなのですが、書いていて、
とても苦しかったです。


まだ物語は続きます。

皆さま、時間の許す限り、
どうぞお付き合い下さい。







2008*0729 玖瑠璃

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