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空(助けられた猫のお話)
Celestial CatXA




その背を見送ったイタチは、
一度、部屋の畳に視線を落とす。


そして、
小さく微笑んだ。


「…ありがとう、鬼鮫」


イタチは窓の外に目をやる。
そこに広がっていたのは、今にも泣き出しそうな灰暗い空の色だった。




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「…、本当によかった」


空の酒ケースを抱えた鬼鮫は、そう小さく呟くと、狭い階段を降り始めた。
鉄板で造られたそれは、踏み締める度に、カン、と軽快な音をたてている。


今朝、従業員が慌てていたのは、単純な発注ミスを起こしたからだった。
今日中に先方に運搬しなければならなかった本数と、自身が注文した本数が合わなかったらしい。

信用問題に関わる致命的なミスではあったけれど、店にあった在庫で補うことができたので、どうにか先方のお叱りを受けずに済んだというわけだ。


受付の女性に軽く頭を下げて、鬼鮫はそのビルを出る。
空を見上げると、灰色の空からは既に雨が降り始めていた。
細かな雨の粒が青く繁った街路樹の葉やビルの雨避けに弾けて、歩道の煉瓦に吸い込まれていく。
ふと視線を落とせば、車から取って来たのだろう、黒い傘を持ったイタチがドアのすぐ側に立っていた。


「イタチさん、お待たせしてすみませ…、?」


イタチは鬼鮫が声を掛けたのにも気付かずに、ぼんやりと反対側の道路を見つめていた。
多くの車が行き交う中、その視線はただ一点だけを見つめている。


一際太い、
街路樹の桜の木の下。


「…どうかしましたか?」
「……いや…」


その場所から視線を逸らしたイタチは、持っていた傘を広げて、鬼鮫に差し掛ける。


「行こう」
「え…ええ」


歩き出したイタチに引かれるように歩き出した鬼鮫だったが、そっと彼女の腕を取ると、再び、その場に立ち止まった。

どうしても後ろ髪を引かれるような気持ちがして、もう一度、あの場所に視線を戻す。



その景色には見覚えがあった。

確か、あの桜が鮮やかな色を宿していた時期だったと思う。


そして、掠めるように、
ある記憶が脳裏を過ぎった。



ああ、この場所は。



少し切なそうに眉を顰めた鬼鮫はイタチが雨に濡れないように自分の方に優しく引き寄せる。
そして一度、躊躇うように唇を噛んでから、その口を開いた。



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あきゅろす。
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