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空(助けられた猫のお話)
Celestial CatX(鮫イタ)





その日の朝は妙に静かで。

纏わり付くように吹く風が、
雨が訪れることを告げていた。




Celestial CatX




「降りそうですね」


洗濯物が入ったカゴを片手に抱えた鬼鮫は、身を乗り出すようにしてベランダから空を見上げた。
それは暗い雲に覆われていて、湿った風は雨が降り出す前の、泥臭さを含んで流れている。


予報では、久しぶりの梅雨の晴れ間だと言っていたはずなのに。


「…干すのはやめたほうがいいですかねぇ」


鬼鮫が眉を顰めながら小さく唸っていると、食器を片付け終わったイタチがじっと彼の背中を見つめていた。
その視線に気が付いた鬼鮫は、はたと目を見開いて彼女に目を向ける。


「どうしました?」
「…いや」


鬼鮫の言葉に、イタチはゆるゆると首を横に振ると、着ていたエプロンを脱ぎ始めた。
一度、肩紐に掛かった黒色の髪がしなやかに肩に落ちる。
その姿を見て、鬼鮫は少し困ったように苦笑した。



エプロンを畳んでいるその姿は、見慣れたようで、新鮮で。

どうしたって、
口許が緩むのを止められない。


我が儘だとは思うけれど、

いつまでも、そこに居てほしいと願ってしまう。



「鬼鮫」
「…はいっ?」


ぼんやりとイタチを見ていた鬼鮫は、彼女の声にびくりと肩を強張らせた。
当のイタチはそんな鬼鮫の様子に首を傾げつつも、いつの間にか、しっかりと帽子を被って、衣服も整え終えている。


もう、仕事に行く準備は万全のようだ。


「下…もう店の奴ら来てるぞ」
「…おや、早いですね」


階下に気を遣ってみれば、確かに人の気配がある。


まだ、店を開けるのには時間があるはずなのに。


「どうしたんでしょうね」
「降りなくていいのか?」
「え…いや、まだ支度が」


洗濯物を抱えたまま、あたふたと慌て始めた鬼鮫を見たイタチは、小さく笑うとそのカゴを受け取った。
そして、軽く目を瞠ると、そっと鬼鮫の頭に手を伸ばす。


「鬼鮫、寝ぐせが」
「え、ああ」


少し背伸びをして、イタチは彼の濃紺の髪に触れた。
跳ねている髪をぎゅっと掴んで撫で付ける。
イタチがやりやすいように身体を傾けながら、鬼鮫はいつもよりも近い距離が何となく気恥ずかしくて、彼女から視線を逸らした。


「全く…店長がそんなんでどうするんだ?」
「……それとこれとは話が別ですよ」


少しばつの悪そうに小さく呟いた鬼鮫を見て、イタチはおかしそうに眉を顰めて苦笑した。
それを見た鬼鮫は、眩しそうに目を細める。


堪えるように笑う、
その微笑みは、
柔らかで、穏やかで。

抱き締めたくなるほど、
可愛らしくて、愛しくて。


我が儘だとは思うけれど、

やはり、いつまでも、
そこに居てほしいと願わずにはいられない。



そして、
そう願うのなら。



「そ…の、イタチさん」
「?」


イタチの紅の瞳は真っ直ぐ鬼鮫に向けられている。
鬼鮫は渇く喉に、無理矢理、唾液を流し込んで、自分の髪に触れているイタチの華奢な指先をそっと握った。


「梅雨が明けたら、また…出掛けませんか?その…い」



一緒、に。



「専務!!」


突然、鬼鮫の言葉を遮るように、階下から彼を呼ぶ声が聞こえた。
鬼鮫は一瞬、少し気落ちしたように眉尻を下げたが、その声に厳しいものが含まれているのを感じ取ると、怪訝そうに目を細める。


「…ちょっと行ってきますね」


そう言った鬼鮫は椅子に掛けてあったジャンパーを羽織って、階下へと降りて行った。




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