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空(助けられた猫のお話)
Celestial CatW(鮫イタ)





きっとあなたは、

忘れてしまっているけれど。





Celestial CatW





自室に戻ったイタチは、倒れ込むようにベッドの上に転がった。
シーツの冷たさが、海に焼けた肌の熱を奪っていく。

天井を仰いだ彼女は、
そっと自分の首元に手をあてた。



華奢ではあるけれど、
確かで、優しい感触。



十字架の形を指先で辿りながら、イタチは瞼を閉じた。



あの時、触れた掌、

いつもは暖かな掌が、
氷のように冷たかった。


緊張していたのだろうか、
俺にこれを渡すために。


俺に、渡すために。



イタチは寝返りをうって、身体を丸めた。
きし、と軋んだスプリングの音が耳の奥まで響いてくる。
皺のよったシーツを直すように指を這わせながら、彼女は深く息を吐き出した。



そう思うほどに、

苦しい。


息も衝けなくなるほどに、

苦しい。



喉の奥は熱く渇いて、
どうしようもないのに、

胃の底は重く冷たい何かに、
感覚すら奪われてしまいそうになる。


息をするたびに、
追い詰められていく。


イタチは渦巻く気持ちを追い払うように息を吐き出すと、自身の髪を乱暴に掻き上げた。

そして、思う。



あの時、鬼鮫は俺に何を言おうとしていたのだろうか、と。



震える睫毛が少し赤みを帯びた白い頬に影を落とす。
深く、感情の色を呈した瞳が、何処か遠くでも見るように細められた。



そう…願わくば。

俺の、心が。



「……?」


ふと知っている気配を感じて、イタチはゆっくり起き上がった。

瞬間、
ざぁっと庭の木立が騒ぐ。

けたたましく窓を叩く風の音に、イタチは一度溜息を吐くと、窓を開けた。


それ見計らったかのように、
一匹の黄色いカナリアが、窓の桟に舞い降りた。


「どうした、デイダラ」


イタチがそう声をかけたとき、
先程のカナリアの姿は、もうそこにはなかった。

窓枠に腰を掛けながらイタチを見下ろしていたのは、美しい金色の翼を背に持つ碧眼の少女。


デイダラと呼ばれたその少女は、不機嫌そうに唇を歪めると口早に呟いた。


「…今なら、まだ間に合うぞ、うん」


その言葉を受けたイタチは、無言でデイダラを見返した。
何も答えないイタチに、デイダラは一度舌を打つ。


「…イタチ!」


苛立ちも隠さずに声を荒げたデイダラに、イタチは緩やかに首を横に振った。
それを見たデイダラは、眉を顰めて唇を噛み締める。


「諦めろよ、そんなこと、できっこねぇんだから!」
「やってみせるさ」


微塵の迷いすらない、
凛として響く声。

イタチの、その強い意志を持った紅色の瞳を受けて、デイダラは何も言えずに顎を引いた。

そして、居心地の悪そうに視線を逸らすと、吐き捨てるように小さく呟く。


「……かもしれないんだぞ」
「それでも、だ」


そう言って、デイダラを見つめるイタチの表情は驚くほどに穏やかだった。
デイダラはその視線を真っ向から受けて、それでも納得できないと唇を噛む。


「どうして…そこまで…」
「…」


デイダラの言葉には答えずに、
イタチは目を伏せた。



今でも、瞼を閉じれば、
甦ってくる情景がある。

それは淡い光を湛えて、
自分の記憶の中に在り続けた。


どんなに歓喜を呼ぶ記憶も、
どんなに悲哀を孕んだ記憶も、

この、白い花弁のようなひとひらの想いを塗り潰すことはできなかった。


…きっとあなたは、
忘れてしまっているけれど。


だからこそ、自分にとっては、
何にも代えることのできない、

まるで、真珠の一雫。




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あきゅろす。
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