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数あるうちのヒトツだけ 1

 いつだって私たちは、数ある中のひとつを選んで生きてる。
 コンビニでプリンと迷って選んだコーヒーゼリーも。
 自動販売機のボタンを押すときも。
 そうやって迷えることは幸せなんだと思う。
 電卓を打ちながら、頭はそんなことを考える。単純作業は、頭を目覚めさせる。機械的に目が数字を追い、指が電卓を叩く。
 昼の鐘がなった。
 キリになるまでは指を動かし、表示された数字を書き込む。んー、と伸びをしてから、立ち上がった。

「桐谷さんランチは?」
「あァあたし今日お弁当ー」
「じゃあ留守お願いしまーす」
「はーい行ってらっしゃーい」

 同僚の問いかけに笑って答える。手を振って見送り、ロッカーから鞄を取り出す。弁当と携帯電話、それから本。いつものマイカップにインスタントコーヒーを入れて、席に戻る。
 本を広げて、閉じないように重石を乗せる。じわじわと読みながら、弁当に手をつける。のりごはんに卵焼き、ウィンナーにトマトにブロッコリー。冷凍のミニグラタン。素っ気ない弁当。
 緩慢に口を動かしながら、狭いオフィスで本に没頭する。それも、自分で選んだこと。
 がらり、と、オフィスのドアが開く。暖房の効いた室内に、さあっと冷たい風が踊り込んだ。思わず身を竦める。

「あっ桐谷さん!」

 顔を覗かせたのは、現場の若い男の子だった。製造五係の高宮君。
 彼は勢いよくオフィスに飛び込んでくる。私は尋ねる。

「なに? なんかトラブル?」
「はいっ、個人的な」
「……それ私関係ないよね」
「ああっ、違う、お願いがあります!」

 心底困っているらしく、両手を合わせて私に頭を下げる。元気のいい彼の仕草に小さく笑って、私はなに、と尋ねた。

「なに、お願いって」

 ぱっと輝いた顔。犬のようだ。

「財布を忘れて飯が買えないんですっ、明日返すので千円貸してください!」

 べこんと音がしそうなお辞儀をして、高宮君はそう言った。なんだそんなことか、と思いながら、私は机の引き出しを開ける。

「いいよ」

 財布の中から千円札一枚。はいと差し出すと、目を輝かせて彼がそれを受け取る。

「ありがとうございますっ」
「ちゃんと返してよ」
「勿論です!」
「じゃあ早く行きな。食べる時間なくなるよ」

 はいありがとうございますっ、勢いよく彼はオフィスを出て行く。私はまた、本へと目を戻した。



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