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しずかなひび 1
読んだ絵本をまとめ、子供の肩に毛布を掛けてから、ベッドを抜け出す。疲れているのかぐぅぐぅと小さないびきをかく子供に小さく苦笑しながら、布団の上に投げ出したショールを纏って部屋を出て、居間へと歩いた。
もしもの時に泣き声が聞こえるように、と、数センチドアを開けたままにする。うっかり閉めてしまうことも今ではほとんどなかった。
「寝た?」
テレビの音もない二人きりの部屋にしては大きな声で夫が尋ねる。こくりと頷くだけで答える。今度は声もなく、おつかれさま、と口が動いた。
こたつに足を突っ込み、座椅子をリクライニングしてくつろぐ夫の耳にはヘッドフォン、手には本。私はテレビとハードディスクの電源と、卓上のポットのスイッチを入れる。お湯が沸くにはそんなに長い時間はいらない。インスタントのコーヒーをいれる。
揃いのカップは、夫が買い物の時に見つけて買ったものだ。お蔵入り必至かと思われた変わった形のカップは、今の所毎日使われている。
声もかけずに、いれたコーヒーを夫の近くに置く。それから、冷蔵庫にある少しだけ高級な、濃い味のするトリュフチョコを取り出し、ざらりとお皿に出した。それも机に置いてから、私は自分の座椅子の横にあるカゴから仕事を取り出す。
子供が寝てから、録画した映画を見ながら仕事をするのが私の日課だった。
「アリガト」
夫がヘッドフォンを少しずらして発音した。
「どういたしまして」
「チョコ、どこの?」
私が銘柄を告げると、夫は子供のように顔をほころばせる。夫の気に入りのものなのをわかって買ってきているのだ。私も小さく微笑み返してから、ひとつチョコを口に含んだ。
「今日は何観るの」
私はそんなに有名ではない、ミステリィ小説原作の邦画の名前を告げた。レンタルで何度か観て気に入った映画で、先日テレビで放送されたのを録画したものだ。
「ほんと好きだね、それ」
「うん」
口の中はほろ苦く、そして甘い。夫の指がチョコに伸びる。
「じゃあ俺はいいや」
ぱくりと口にチョコを投げ入れると、夫はまたヘッドフォンを耳に戻す。私は映画をかけると、コーヒーで口の中の甘さを緩和する。さて、と一息ついて、私は仕事を始めた。
二十三時を少し回ったころ、ひとつ大きく息をつく。
映画が終わる少し前、ある程度キリになった仕事を投げ出し、冷めきったコーヒーを飲み下す。
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