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吐く息が白かった 2

 1時間半程で目的の神社に着くと、さすがに中は人混みとまでは言わなくても賑わいは見せていた。
 露店が参拝の道に立ち並び、美味しそうな匂いやら、音やらをたてている。年越しそばを食べてからまだ何も食べていない胃は恋しさを訴えたが、とりあえずはお詣りだ、と千里は真っ直ぐに本殿を目指した。

「あれ、千里?」

 その途中、職場の仲間とすれ違った。相手は手を振り、近付いてくる。彼氏らしき人物と一緒だった。

「あ、新年オメデトー」

 千里は微笑んで挨拶をする。同僚の女は、コンパに参加していたことがあるので、千聡を知っている。できることなら会いたくない相手だったが、会ってしまったからには仕方がない。そこで逃げ出したり露骨に嫌な顔をするほど、千里は子供ではないつもりだ。
 ショートパンツにショートブーツ、タイツかレギンスらしいものをはいてはいるようだが、随分寒そうな格好だった。多分、車で来ているのだろう。
 当たり障りなく挨拶を交わしたあとで、女は露店で買ったものが入っているのであろうビニールの白い袋をガサガサと音をたてて、手を振って別れを告げた。
 そして、小さな爆弾を落とす。

「ね、そう言えば、千聡くんとははぐれたの?」

 けれど千里は、やはり微笑んだままで、静かに答えた。

「一緒に来てないわ」
「え、他の誰かと来たの?」
「誰とも一緒に来てないのよ、ひとりで歩いて来たの」
「…じゃあ、」

 そこまで言いかけ、少し考えるように黙った同僚に、千里は目線で先を促す。同僚は言葉を選んだのか、少し躊躇いがちに続けた。

「さっき、千聡くんを見かけたの。誰か探してるみたいだったから、千里とはぐれたのかなぁと思ったんだけど…」

 そこまで口にした後で、また慌てたように付け足す。

「声かけたわけじゃないし、人違いかもしれないから」
「そうね」

 千里は微笑み、そして今度こそ同僚に別れを告げた。

 朝も早いと言うのに、本殿が近付くにつれて参拝客は増え、自然と行列が出来ていた。最後尾に並び、前を見ながら賽銭を準備する。
 千聡が。
 千聡が、この中にいるのかもしれない、ということが急に意識された。
 しかも自分ではない誰かと。
 それを、どうこう言える立場ではないことを、千里は承知している。好きと言えない自分。気楽な関係でだけいたい自分には。けれどそれでも、千聡が自分以外の誰かを選んだのだと諦めてしまうには、少し時間がかかりそうだった。
 千聡を好きだった。けれど、千聡ほどに真剣なわけでもなかった。
 好きよ、と軽く答えることができない程度には真剣で、けれど本気の好きで返せる程の真剣さでもない。この中途半端さを、千聡に理解してもらえる自信もなく、結局千里は千聡な関する全てを諦めたのだった。

 千聡が他の誰かと来ているなら、責めたりせず祝福しよう、と千里は考える。千聡にとっては、多分、その方が幸福になれるだろう。自分といるよりも、ずっと。

(私はたぶん)
(人をうまく好きになれない)

 千里はそう、自覚していた。
 いつも相手の本気が重かった。特別の好き、に対して、同じものを求められるのが重荷で、いっそ遊びの方が淋しさはあっても気楽だった。いつでも、誰が相手でも。
 千里は、曖昧なままでいられるのなら、曖昧なままいたかった。どちらも好きが曖昧な内は、幸福だった。優しさも、愛情も、素直に何でも受け取れた。千聡がもたらす心地良い束縛が好きだった。
 多分、自分はわがままなのだ。曖昧なままの間柄なら、相手がいるという束縛のもたらす安心感は幸福につながるのに、関係が明らかなものになった途端にそれらが全て、重荷になる。その癖、なければ欲しいと思う。
 多分、こんな風にしか関係をつくることができない人間は、他人から求められる価値などないのだろう。本来なら、求める権利もないのだろうとも思う。
 でもそれでも、求めてしまうのだ。
 ひとりでいるのは、
 淋しかった。


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あきゅろす。
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