大学生と講師のシリーズ 揺れる、揺れる(4年7月) 8 (やっと、会えた) 互いの間に、余計なものがなくなったような爽快感があった。 「なぜ、そんなことをする必要が?」 はっきりと言い切ると、一瞬、早智子が瞠目した。そして、ふふ、と、笑った。確かに、笑った。そして、口にする。 「先生、中途半端は、つらいですか」 「……ああ、なるほど、」 松下は苦笑する。それは、あの日、自分が投げた科白だった。そしてその科白のまずさを思い知らされた。苦く笑ってすみません、と呟くと、早智子が笑った。 「でも、つらいです。引き留める権利もないのだと、知りましたから」 早智子はまだ、泣きやんではいない。けれど、笑った。 「……わたしのために言っているなら、そんな優しさは要らないと思っていました」 「――はい」 「ずっと片想いしている気持ちになって……、先生に会うのが、つらかったんです」 視線ももう、外れない。 松下はもう一度、すみません、とだけ言った。早智子は小さく首を横に振る。 「でも会いたかった、素直になればよかった、飛び込めば良かったんです。私のせいです」 不意にすいと伸ばされた手が、松下を捉える。松下の首に早智子の腕が絡んだ。左肩に頭を乗せ、早智子はまた、泣きながら、けれど笑った。微かなふふ、と笑う声が松下の耳にくすぐったい。 「あったかいですね、先生」 松下は答えずそっと、抱き返す。中央のギアが邪魔だったけれど、今はそれでも幸福だった。 柔らかな抱擁の中、小さな声で、早智子は言う。 「――私も、好きです」 松下は、はい、と答える。 「ずっと、好きでした。言ってはいけないと、ずっと、思っていました、ずっと、」 「僕もそうです」 「――はい」 「好きでした、ずっと」 松下は早智子を抱く手に力を込めた。早智子はしゃくりあげるほどに、それでも声は出さずに、泣いている。 (――もう、いい) 彼女の髪を撫でながら、松下は静かに思う。 (誰かに見つかっても、) (誰かにバレてしまっても、) (大事にすべきは、) むざむざバラすつもりはなくても、最早ごまかすつもりは毛頭ない。 (この腕の中の幸福) つよく、抱きしめる。 「早智子さん、」 強く抱き合ったあとに、体を離すと、早智子は淋しげに笑った。松下はそれでも、告げなければならない言葉があった。 [*前へ][次へ#] |