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大学生と講師のシリーズ
甘く、香る。 2

「ええと……、三浦さん」
「はい」

 ひどく気まずそうに、松下が自分の名前を呼んだ。早智子はただ、反射的に返事をしていた。

「何か、用事だったんだよね」
「はい、レポート提出に」
「ああ……、じゃあ僕が悪い。すみません三浦さん」
「……え、あ、はい。……え、あの……?」

 自分は何を言ってるのかな、と早智子が思ったのとほぼ同時に、松下がふっと吹き出した。静かに、肩を揺らして笑っている。ふと松下が顔をあげると、早智子もつられて笑いだしていた。
 ひとしきりお互いに笑ったせいか、少し気分が楽になり、早智子はひとつ息をついてから、非礼を詫びることにした。

「すみません、返答がないのに、研究室に入ってしまって、あんな形で、意地の悪い仕事の邪魔の仕方を、してしまって」

 早智子は軽く頭を下げると、再度レポートを差し出した。

「でもこれを提出しにきたんです。受け取って貰えますか」

 松下は静かに手を出し、まるで賞状でも受け取るかのように恭しく、大事そうにそれを受け取った。

「確かに、受け取りました。あの、これは〆切明日でしたね」
「そうです、けど」
「ああ、提出が明日でなきゃいけないって言う意味ではありません、ただ、聞きたいことがあって」
「はい」
「……他にも、今日提出に来て、部屋の外で困っている人とか、いましたか」

 松下の言葉の意味がつかみきれなかったけれど、早智子はとりあえず答え、それから理由をきいてもいいのか考えよう、と決め、口を開く。

「いえ…、他の授業ならわかりませんけど、私と同じ授業の子は、明日出すかなあ、って話してましたけど…」
「あ、ほんと? よかった、じゃあ三浦さんにだけ謝るよ、ごめんなさい」
「あの……何を?」
「僕、多分、ノックやら何やら、無視したでしょう」
「……ええ、でも、多分……、って?」
「……うん、僕本当に聞こえてなかったんだ」

 松下は気まずそうに言うと立ち上がり、早智子を通り過ぎると、入り口付近から折りたたみ式の丸い椅子を持ってきた。開いて早智子のすぐ横に置いて、右手をそっと差し出すようなジェスチャーで、早智子に座るように勧めた。

「コーヒー好きですか?」
「はい」
「今淹れます。時間、大丈夫?」
「時間は、ありますけど……、私が淹れましょうか。なんか恐れ多いし!」
「いえ、三浦さんはお客さんだし、お詫びなので」

 松下が自分で選んだにしては随分と可愛い、白地に黒い大きな花柄の細口のポットに水を入れ、IH電磁調理器にかけるのを早智子は静かに見守った。



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あきゅろす。
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