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大学生と講師のシリーズ


 待ち合わせ時間を7分過ぎ、早智子が様々な悪い状態を想像し始めた頃になって、松下は現れた。
 きょろきょろとまわりを見ている松下は、髪が短くなっていて、少しこぎれいになっていた。

(見つけて)
(先生、)
(はやく、)
(わたしを、見つけて)

 早智子は手を振ったり、駆け寄ったりするつもりは、なかった。
 ただ、真っ直ぐに、松下を見つめる。

 松下は、普段よりラフな格好をしていた。少し色褪せたジーンズと、くすんだパープルのトレーナー。細身のトレーナーは、彼によく似合っていた。

 松下が、少しずつ少しずつ近づいてきて、早智子の胸は、ひどく、高鳴る。
 けれど視線を外しはしなかった。
 真っ直ぐに、真っ直ぐに、早智子は松下を見つめる。

(先生、)

 心の中の聞こえるはずのない声を、早智子は伝え続ける。

(先生、)
(好きです)

 早智子は、それを今伝えることを潔しとはしない。先生と学生、の立場の間は、はっきりと伝えるつもりはなかった。
 けれどそれでも、ほんのすこし、特別でありたかった。

(先生、)
(好き、です)

 高鳴る鼓動も、胸の内の言葉も、伝えることはできない代わりに、早智子は微笑む。
 こちらに気付いて、手を挙げた松下の仕草に、安堵したように微笑む松下の表情に、応えるように、綺麗に綺麗に、自分のなかで一番綺麗に見えるはずの笑顔で、松下を迎える。

「……すみ、ません、遅れて、しまって」

 早智子の目の前まで、休むことなく走ってきた松下が、途切れ途切れの息で、そう詫びた。

「先生、大丈夫ですか?」
「……は、い……」
「走らなくても、待ちましたよ?」
「……ええ、あの、わかってます」

 膝に手を付き、松下は大きく息をついた。早智子は少しだけ、声をあげて笑う。松下は早智子をちらりと見上げ、そして彼も少し、笑った。

「情けないね、これじゃ」
「いえ、嬉しかったです」

 早智子は、恥じることなく言い切った。松下は、荒れた息が整うとともに、いつもの意地の悪そうな笑顔に戻っていた。早智子も、微笑む。

(本当に、)
(嬉しかったんです)
(あなたが、)
(来てくれて)

 松下がすっと背筋を伸ばして立つ。背の高い、痩せた身体。松下の立ち姿が、早智子は好きだ。

「お店は僕が決めていいのかな」
「はい」
「じゃあ、時間も早いから、少し遠いけど歩きましょうか」
「はい」


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あきゅろす。
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