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大学生と講師のシリーズ
揺れる、揺れる(4年7月) 3

 マニキュアもされていない、爪も短く切られた指が、エレベーターのボタンを押した。ゆっくりとドアが閉まり、そしてエレベーターは上昇をはじめた。
 背中を向けたままの早智子の白い首筋が松下の目に入る。頭の左側に寄せてひとつにまとめられた髪がほつれて首筋にかかっているのが、なんとなく艶めいて見えた。
 松下は、指を伸ばしかけ、そしてーー、結局、やめた。
 以前なら指に触れたり、髪に触れたり……、それくらいのスキンシップは平気で出来た。それ以前に、早智子が背中を向けて沈黙したまま、という状況などそう訪れはしなかった。

(伸びた背筋が、美しかったのに)

 松下はぼんやりと思う。

(俯かせてばかりいる)

 あの日からーー中村と早智子が研究室で二人きりになったあの日から、そして、アルバイト帰りに泣かせてしまったあの日から――早智子は少し、様子がおかしかった。絡まない視線、綺麗に伸びない背筋、たどたどしくなった会話――、何より、研究室に来る回数が減っていた。
 前三つだけなら、嫉妬で済む。けれど、そうではないのだと気づき始めた時には既に早智子の研究室の訪問は間遠になっていた。

(もっと早く、)
(気付くべき、だった)

 松下が最終的に、おかしい、と気付いたのは、早智子が約束していた資料を借りにこなかったせいだ。〆切も迫っているのに、早智子が研究室に姿も見せない。何度も見かけているのに、声をかけてくることもない。女子大生の輪の中にいる早智子には、松下から声をかけることもできなかった。
 それでも――すれ違う度にされる会釈に安心していた。けれど……、

(顔、を、見ていないんだ)

 松下は不意に、そのことに気付いた。
 そうして、上手に上手に騙され、避けられていたことに。かわされていたのだということに。早智子の行動をおかしい、と思い始めて、やっとそのことに気付いた。

(……顔を、)
(声、を、)

 それが実感されればされるほど、松下は、ひどく早智子に会いたくなった。
 全てが後手後手にまわっているのは確かだった。松下は自分の甘さを思い知った。早智子は、構内を一人で歩くことが少なくなっていた。会釈してすれ違う集団の中の一人だけを呼び止めるのは不自然な気がした。早智子はそつなく、そして確実に、自分を避けている。否応なしに、松下はそれを思い知らされた。

(会いたかった、)



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