大学生と講師のシリーズ
揺れる、揺れる(4年7月) 2
からかうように軽い早智子の言葉に、苦笑まじりに松下は答える。はっきりと、そんなことはない、と言えない自分に多少悲しさを覚えながら。
早智子がそっと笑う。その顔が見たくて、松下は肩越しに早智子の顔を振り返った。その視線に、早智子が顔を俯けてしまうまでのわずかな時間だったけれど、確かに彼女は笑っていた。
不意に俯けられた顔をのぞき込むこともできず、松下はまた、前を向いた。
(……どうして、)
(こんなに不自然に、)
松下はそう思わずにはいられない。
どちらもが慎重にーーいっそ、臆病とも言えるほどに慎重にーー、それでもとどまることのできない何かが、二人の間にはあったはずだった。
(こんなに簡単に、)
全てを卒業してから、とすることができれば簡単だったのにそれすらもできず、互いに手繰り寄せ、歩みを進め、距離を縮めさせてしまった、何かが。
(遠くなろうと、しているのだろう)
沈黙のまま、二人は歩いて行く。手をつなぐこともなければ、隣に並ぶことすらないままで。
松下はひとつ、息をつく。何から話せばいいのか、何をどうすればいいのか、全くわからなくなっていた。
会いさえすれば何かが変わる、そう思ってここに来た自分がひどく滑稽だった。
駐車場までの、短い散歩が終わる。
手の中のカフェラテのカップが水滴で少し脆くなったように感じた。握りつぶさないように気をつけながら、一気に飲み干す。駐車場の入り口のごみ箱にカップを捨てる。がしゃりと氷が音を立てた。早智子も捨てたようで、あとにもうひとつ、がしゃりと音が続く。松下はエレベーターの前で立ち止まり、振り向いた。
「疲れてますか?」
いつになく、早智子の歩みが緩慢だった。俯けた顔をあげもせず、早智子が小さく、
「大丈夫、です……すみません、」
とだけ、口にした。
薄暗いエレベーターホールでは、彼女の表情は読み取れなかった。松下は、そう、としか答えられないまま、エレベーターを呼ぶボタンを押した。
二人きりのエレベーターの中、松下のあとから乗り込んだ早智子は、すぐに松下に背を向ける。ボタンを押すためだから仕方がない、と思われたいのか、早智子は声だけは明るく、松下に訊ねる。
「車、何階ですか?」
彼女のその努力は、松下の気持ちをまた少し、逆撫でる。かと言って、それを無にすることも出来ず、松下は努めて平静な声を出した。
「四階です、すみません」
「はい、」
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