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大学生と講師のシリーズ
わたしのための優しさ(4年7月) 6

  早智子さん、


 その文字は見間違えることのない松下の字だった。小さなメモ用紙いっぱいに書かれた文字を、早智子はそっと指先で撫でる。筆圧の強い松下の文字は、触れただけで読めるのではないかと思うほど、へこんでいる。早智子は少しだけ、笑った。


  今晩、アルバイトのあと、
  迎えに行きます。

  コーヒーをふたつ、
  買っておいて下さい。
  僕は冷たい方がいいです。

  電車で帰すつもりは毛頭ないので、
  そのつもりで。

  走り書きですみません。
  では、あとで。

           松下


 見慣れた文字を何度か読み直す。早智子は不思議に思っていた。これを他人の手を経由して届けることの危険さに、松下が気付かないはずはないのに。美加は見なかった、ただそれだけのことで、しっかりと封がなされたわけでもない荷物なら、平気で開けてしまう人もいる。そのことに松下が気付かないはずがない。

(……なんで、)

 お互いに成人していて、お互いに未婚。やましいわけではないけれど、あまりおおっぴらにできる関係でもない。だからこそお互いに、気を付けていたはずだった。

(なんで、こんなこと、)

 ずっと、気まぐれにばかりあらわれた松下が、急にこんなことを書いてくるのも、不思議だった。いつも通りに、好きに訪ねてくるだけで、用は足りたはずなのに、と、早智子はメモをまた、見下ろす。

(先生、どうして……、)

 このメモを読んで、二人が付き合っていないと思う人間がどれだけいるだろう。ふと、早智子は思う。
 落としてはいけない、と思うと、緊張した。
 早智子は静かに表紙を閉じる。メモはまた、挟んだままにした。

 指先が少し、震えていた。
 それくらいーー夜が来るのが、怖かった。


20090716
一旦ここで区切ります。
早めに続き書きます!




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あきゅろす。
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