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大学生と講師のシリーズ
わたしのための優しさ(4年7月) 5

 ひとつ息をついてから、早智子は美加のもとへと歩き出す。自動ドアをくぐると、湿気と熱気、まっすぐな日光が急に襲いかかってくる。早智子は一瞬軽い眩暈を感じた。

「あ、」

 美加の声が耳に届く。早智子は軽く頭を振ると眩暈をやり過ごし、美加へと右手をあげた。

「ごめん、遅くなって」
「ん、私はいいけど、さっきまで松下が待ってたんだよ」
「……待って、た……?」
「うん、」

 待たれていた、ということに早智子は驚く。偶然通りかかって、美加と話しているのだろう、と勝手に決めていた。

「それで、これ、」

 美加が手に持った紙袋を早智子に向けて差し出す。それは先刻、松下が美加に手渡していたものだった。早智子はそれを静かに手を伸ばして受け取る。

「十五分から会議だから、渡してくれって、預かったの」
「ん、ありがと」

 受け取ったものは、本だった。白い紙袋から透けて見える表紙は、早智子が望む資料のものだった。

(なんで……)

 信じられない気持ちで、早智子は紙袋から本を引っ張り出す。手に馴染んだ表紙の感触、見慣れた装丁。あの研究室で、何度も何度も手に取った本だ。
 確かに松下に伝えてはいた。テスト前に貸して下さいね、と。生返事の松下が、聞いて覚えていたとは思わなかった。
 表紙をめくると、松下の字が見えた。自分でも驚くほど、その文字に心が揺れた。慌てて表紙を閉じ、本を袋に戻す。

「どしたの、それ?」
「レポートの資料、順番待ち、してて」
「あーそうか、それでできてないんだ松下のやつ」
「……、うん、」

 早智子さん、
 と、一番上に書かれたメモが表紙裏に確かにあった。まだ、胸が鳴っている。とても今は、直視できなかった。美加の前では。松下を知っている、誰かがいるところでは……。
 食堂で軽いランチを一緒にとったあと、午後の授業がある美加と別れ、早智子は一人、バスに乗った。アルバイトの時間まで学校でレポートを書くつもりだったが、今は一刻も早く、学校の人間のいないところに行きたかった。
 見るのが怖い、と思いながら、けれど早く表紙に挟まれたメモが見たかった。

(せんせいの、字だ)

 バスの座席は空いていて、苦もなく座れた。近くの席には誰もいない。
 早智子は鞄から静かに、本を取り出す。白い紙袋を綺麗にのばしてたたみ、鞄にしまう。それから、取り出した本の表紙をそっとめくる。



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あきゅろす。
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