大学生と講師のシリーズ わたしのための優しさ(4年7月) 3 美加の表情が、ふと、とまる。それが早智子には、わかった。 柔らかい柔らかい、笑い方。それは早智子が一番好きな、早智子の胸に一番痛みを感じさせる、笑い方だった。 (わたし、の、) 美加が、落ち着かなげにきょろりと視線を動かすのがわかった。 それほどに、見慣れない、松下らしくない、柔らかさで、彼は笑んでいた。 (わたしの、はなし、) (してる?) 図書館の入り口近くの窓は、マジックミラーになっている。入ってすぐの場所がカウンター、その奥が職員休憩室になっているため、裏が見えないようにマジックミラーになっている、ともっともらしい説明はあったが、その割には中途半端な範囲の設定だった。裏を隠すため、というには広すぎ、職員に緊張感を抱かせすぎないための処置としては狭すぎる。 けれど今、早智子はそこがマジックミラーであることに感謝していた。松下と美加には、早智子の姿が見えない。そっと松下を見つめるには最適の状況だった。 (近付きたい、) その気持ちは今も変わらない。けれど、近付けば近付くほど、今は、こわい。 近付いても、淋しい。 (……優しさで、付き合うのは、) 近付きたい、という気持ちも、好きだと思う気持ちも、何も変わってはいない。 (片想いより、淋しいです、先生) それでも今、側に行くのがつらい。胸をふさいで話せない。 (わたしのために、側にいる、) 欲張りなのだろう。必要のないプライドを、大事にし過ぎているのかもしれない。そうは思っても、今更あの時には戻れない。 (そんな、気持ちなら、要らない) 硝子越し、無声映画の中のような二人を、早智子は静かに見つめている。松下の笑顔はとうに普段のものに戻っている。けれど、その表情からは楽しげな雰囲気は伝わる。 (要らない、んです) 早智子も、自分が向こう側にいないことは、確かに淋しい。けれど近付けば近付くほど、話せなくなっていく、余計なことを考えてしまう今は、ここでこうして見つめている方が楽だった。 (せんせい、わたしは、) 美加との待ち合わせの時間は既に間近に迫っている。その前に松下が立ち去ることを願っている自分に、早智子は少しだけ悲しくなる。 (わたし、は……) 会いたい、話したい、触れたいーーそう思う気持ちは、好きだと思う気持ちは、何一つ変わっていないのに、と早智子は思う。 [*前へ][次へ#] |