大学生と講師のシリーズ
わたしのための優しさ(4年7月) 2
(……駄目だ、考えちゃ)
早智子はひとつかぶりを振って、思考をとめる。目の前の資料の吟味に集中しようとした。時間はすぐに過ぎてしまう。美加を待たせることは避けたかった。
幾つかぺらぺらと資料をめくったが、期待していたようなものは見つからない。松下の研究室に行けば、思う通りの資料が借りられる。それをあてにして、大体の構想も出来ている。
早智子も本当はわかっている。本来ならこんな意地などはるだけ馬鹿らしいことも。
早智子は携帯電話を見る。美加と待ち合わせた時間までに、よさそうな資料を見付けることは無理そうだ。レポートの提出にはまだ少し余裕がある。早智子はひとつ息をついて、資料の探索を諦め、図書館の入り口へと向かった。
(……馬鹿みたい)
ため息をつきながら、階段をおりていく。
くだらないプライドだ。そのくだらないプライドのおかげで、近付くこともできなくなってしまった。側にいても悲しい。苦しい。余計なことが気になって、うまく話すことも出来ない。
好かれているのはわかっている。
付き合う覚悟があったのもわかっている。
優しさをくれたことも。
それ以上を望む自分が、自分のプライドが、浅ましく、きたないものに思えて、悲しかった。
(いつまでも、片想いでなんて)
(いたくない、んです)
優しさよりも、激情が欲しい。
(私に行方を決めさせる、)
(そんな覚悟だけしかないなら、)
(それは、)
(そんなのはーー)
私のために付き合う、なんて、言われたくない。なかった。
階段を全て下りきり、早智子はそこで立ち止まる。ふと外を見ようとした早智子の瞳にうつったのは、資料を抱え込んだ美加と、松下の姿だった。
(ーーあ、笑った)
美加の抱え込んだ資料の量を見て、軽く声を上げて笑ったらしい松下に、美加が何事かを告げた。
松下が美加の資料を受け取ると、美加は肩に掛けた鞄を開け、中からスヌーピーの柄のエコバッグを取り出した。
松下がそれに資料を入れる。美加はにこやかに礼を言ったらしく、小さくお辞儀をした。
(話したい、のに、な)
そう思いながら、けれど早智子の足は前へは進めない。ガラスの向こうの松下と美加の無声映画のような会話を、ぼんやりと見ていた。
……不意に、松下の肩がゆらと揺れた。
美加も気付かなかった。きっと早智子にしかわからなかったその変化のあとで、松下は確かに、柔らかく笑った。
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