大学生と講師のシリーズ
温度差(4年6月) 6
(ちゅうとはんぱは、)
(つらい、)
(ですか……、)
頭の中で、松下の言葉がリピートされる。見上げた松下の顔は苦笑混じりではあったが微笑んでいて、視線はつめたいものではなかった。
頬を伝う涙の感触がする。伝った涙のあとを、湿気の多い梅雨の空気が撫でていく。
松下は何も言わない。ただ、早智子の返答を待っているようだった。
(中途半端は、)
(辛い、ですか)
行動にゆっくりと思考が追い付いてくる。早智子の心臓は、早鐘をうちはじめた。とても、とても、はやく。
「……、っ」
何かを。
何かを伝えなければ。
気持ちは焦るのに、言葉が何も出て来ない。見つからない。
松下は静かな瞳で早智子を見ている。
どちらもが何も言えないままに、緩やかな時間が過ぎていく。
終電の時間まで間がない今、人通りは少なかった。またその少ない人々の内、二人に注意を払うものはほぼいなかった。
静かに時間が流れていく。見つめあったまま、どちらも何も言わないまま。
松下の瞳は静かだった。早智子は少しずつ落ち着きを取り戻す。静かに涙は止まり、涙のあとは乾き始める。
(中途半端は、辛いですか)
幾度となく頭の中で繰り返した松下の科白が、やっと実感を持って早智子に届いた。
(……、狡いね、先生)
早智子はそんな風に思う。
「……、せんせい、は?」
早智子は静かに、問いかける。質問に対して質問で返すのは失礼なことだとは思う。けれど……。
「先生は……?」
わかりにくいながらも、かすかに松下の瞳が見開かれる。その瞳は、聞き返されることを想定していなかったことを容易に示した。
(わたしだけ、なら、)
(いま、じゃない)
早智子は少しだけ笑った。松下も困ったように、笑う。黙ったままでも、明確に答えなくても、多分、何かが、わかった。
(温度差)
早智子は鞄から携帯電話を出すと、時間を確認した。終電にはまだ間に合う。
「……今日は、このまま、帰ります」
「そうですか……」
「来て下さって、ありがとうございました」
早智子はお辞儀し、笑う。顔中の筋肉に「笑え」と命令して。松下も今度は何も言わなかった。おやすみなさい、と早智子は言葉にすると、松下に背中を向けて早足で歩き出した。
振り返ることもせず。
(……あなたは、おとなで、)
(ただそれだけでも、)
(とおい、のに……、)
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