大学生と講師のシリーズ
温度差(4年6月) 4
その一言を長い間封印してきて、だからこそ今があるのはわかっている。激しい勢いはないこの恋は、ぬるま湯に長くつかっているような、そんな穏やかなのぼせた感覚があった。
語り合わない恋情、交わさない愛情は、穏やかに穏やかに相手の良さを知らしめる。静かに静かに、深みにはまっていく。それが、幸福だった。
けれど……。
(何の権利もない)
(確かに好きなのに)
(ただ、)
(伝えられないだけで……)
自分の中の恋愛感情と、倫理観とかせめぎあっているのを、早智子は自覚した。
(ひとりじめ、したい)
(でも)
(せんせい、なのに)
静かに振り子は揺れていた。
その振り子をどうしたらいいのかわからなくて、止める術もわからなくて、早智子はただただそれをしまいこもうとした。
「早智子さん?」
愛しいはずの声が、痛みを連れてくる。どんな言葉にもうまく答えられない。話しかけられるのが辛い。何も伝えられないのが辛い。迷いが生じてしまうことが辛い。
「はい、」
視線を交わさないまま、それでも口元に笑みを浮かべる努力をしてみる。きっとろくに笑えていないその顔を想像することも辛かった。
「……送らせて」
松下が早智子の左手をそっと掴むようにしてその歩みを止めた。つられて立ち止まった早智子は、わずかによろけ、手に持っていたカフェモカのカップを落とした。
ばしゃん、と音がして落ちたそれはふたが外れ、中からは、溶けかけた氷と、それによって薄まった、底にたまったカフェモカとが一瞬の内に流れ出た。
「……いえ、私、ひとりで、」
「いいえ、送らせて下さい」
「あの、でも、」
「放っておけません」
「……、でも」
松下も今度は簡単にはひかなかった。早智子も頑なに拒む。今二人きりになっても、話すことも笑うことも、松下の目を見ることですら、出来ない。
(嬉しいのに)
(好きなのに……)
どうしたらいいのかわからない。けれど今一緒にいるのは辛い。
「うち、遠いですし……、」
「知ってます」
「迷惑、かけたく、ないんです」
中村に比べて見劣りするのではないか、
好きだと言えば楽になれるのではないか、
先生と学生でいた方がいいのではないか、
ーー心の中で渦巻く色々な不安に、迷いに、言葉がうまく出てこない。
「だから、大丈夫ですから、」
「大丈夫なわけないだろう!」
[*前へ][次へ#]
無料HPエムペ!