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大学生と講師のシリーズ
温度差(4年6月) 3

 カフェモカは口に甘く、けれどむっとした暑さの中で飲むには気持ちがいい冷たさだった。店の前で立ち尽くすわけにもいかず、駅へ向かって歩き出した。
 今までもたまにあったその短い逢瀬の中で、今日ほどどちらの足取りも重かったことはない。歯切れ悪く途切れ途切れで交わされる言葉に、どちらも苛立っていくのがわかった。相手に、ではなく、うまく言えない自分に対して。

(中村さんは)

 そればかりが頭の中でまわっているのに、気にしていないふりをして笑う自分が滑稽で、早智子はなんとなく虚しくなる。

(でも、彼女じゃ、ないんだから)

 松下の隣にいることは確かに許可されているけれど、それでもそれは、まだ未来の話だ。今はまだ、その時ではない。それは充分、わかっていた。

(……訊けない……)

 松下は今日、なぜここに来たのだろう。早智子はふと、考える。けれどそれも、訊けない。
 大体、いつも用事があって来るわけではない。松下の気まぐれに任せたものだ。早智子のアルバイトの日程を知っている松下が時折ふらりと現れ、二人分の飲み物を買って外で待っていたり、さらりと自分の飲み物を買うついでに本とメモを差し入れてくれたり、が、たまにあった。ただただ単純に嬉しかったその時間が、何だか重苦しく感じてしまうことが、つらかった。

(先生、)
(……中村さん、は)

 うふふ、と笑いながら、早智子の頭はそれとは別のことばかり考えている。けれどうまくそれを出せない。
 華やかな赤い花柄が、頭の中にちらついて、早智子を少しずつ少しずつ、傷付ける。

「……早智子さん?」

 松下の右手が早智子の肩に触れ、はっとして松下を見た。今目の前でされていた話を、早智子は全く覚えていなかった。

「大丈夫ですか?」
「……、すみません」
「疲れてるなら、よければ車で送ります」
「あ、いえ……大丈夫です」

 松下のまっすぐな視線に耐えきれずに、早智子はまた、目をそらす。軽くなったカフェモカの容器はふにゃふにゃと柔らかく、簡単に潰れてしまいそうだった。

「でも、」
「いつものことですから」

 なおも気遣う松下に、早智子はなるべく明るい声で答える。その目論見は成功したのか、何かを感じ取ったのか、松下はそれ以上何も言わなかった。

(好き、です)

 早智子の頭の中で、その言葉が巡っている。こんなに悩む位なら、さっさと言ってしまえばよかった。そんな風にも、思う。


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