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大学生と講師のシリーズ
温度差(4年6月) 2

(中村さんは)
(中村さんとは)
(どうしたの)
(どう、なったの)

 機械的に仕事をこなす間ずっと、早智子はそれを考えないようにしていた。実際、考えずに済んでいた。アルバイトをこんなにありがたく思ったことはない。
 このまま落ち着くことができるかもしれない、と思いながら仕事を終えたその時に、松下は現れた。何の心の準備もさせてもらえないままに。そうして、落ち着くことなど出来るわけがない、と知らしめる。
 未だ弾む胸の音を聞きながら、早智子はいつになくもたもたと帰り支度をした。震えた指で外す仕事着のボタンはひどくかたく、早智子は幾度となく深呼吸を繰り返した。

「……情けないなあ……」

 軽く苦笑しながら早智子は呟く。支度を終えた自分の姿は、昼間見た中村の女性らしく華やかな姿には遠く及ばない。小さく小さく、ためいきをついた。

(会いたくないな……)

 早智子は特に自分の容姿を恥じているわけではない。十人並みの中の上程度、と自分で判断しているその容姿は、美しさを求めて欲を言えばキリがないけれど、我慢できないほどのものではない。それなりに愛着もある。
 服や化粧品に使うお金をほとんど確保せず、本ばかり買っている自分も恥じたことはない。
 それが自分だと、自分らしさだと信じていた。けれど……。

(見劣りしそう……)

 松下が容姿だけで女性を判断するような人間でないことがわかっていてなお、二人並んで彼の前に立つのが嫌だった。見比べられるのが、苦痛だった。
 鏡の中の自分が、化粧もしてないせいか、髪型のせいか、少し疲れて見えて、早智子はまたためいきをついた。
 誰にも譲らない、と言いながら、逃げ腰な自分を早智子は嫌悪しそうになる。
 それでも、いつまでもここにいるわけにはいかない。ずっと待たせるわけにもいかず、早智子はひとつ深呼吸をして、鏡の中の自分に笑いかけた。何とか笑うことには成功していることが確認できたところで、早智子はやっと外に出た。

「……おつかれさまでした、」

 早智子を見つけるとすぐに、松下がかすかに笑う。意地悪な笑い方でなく、優しそうなそれに、けれど早智子はひきつった笑みしか返せなかった。

「お待たせして、すみません」
「こちらこそ急にきて、すみません、これどうぞ」
「……ありがとう、ございます」

 冷たいカフェモカを受け取る。水滴でわずかに柔らかくなった紙コップが、脆い手触りでくにゃりと歪んだ。



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