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大学生と講師のシリーズ
温度差(4年6月) 1

 いらっしゃいませ、と、笑顔で繰り返しているうちに、自分が機械になったように感じることがある。早智子はそれを楽しんでいた。コーヒーを売る機械。笑顔と声、注文を間違えない正確さが大事な機械だ。
 それは自分の仕事が機械的でつまらない、というよりは、機械のような正確さがプロの仕事のように感じて、少しだけ心地いい。もっとも「この店のアルバイトとして」のプロではあったけれど。

「三浦さん、あがっていいよ」

 片山がそっと早智子に耳打ちした。はい、おつかれさまでした、と言いかけたその時になって、自動ドアの開く音がした。

「いらっしゃいませ」

 当たり前に片山と早智子の声が店内に響く。早智子にとっては本日最後の客になりそうだった。自動ドアの方に顔を向けて微笑みを作ったはずの早智子の表情が、不意に固まった。

(……先生)

 おそらく大学から直行したのだろう。昼間見た服と変わっていなかった。

「……三浦さん、注文」
「あっ……はい、」

 片山に促され、早智子はレジ前に立つ。引きつった笑いで、震える声で、ごちゅうもんはおきまりですか、と何とか言い終えた。松下が自分の瞳をのぞきこもうとしているのがわかったけれど、早智子は目を合わせなかった。

「……早智子さん、」

 うまく返事が出来なくて、早智子はただ次の言葉を待った。松下も無理に返事を待とうとは思わなかったようで、カウンターに千円札がすいと差し出された。

「外で待ってます、きみのと僕のを適当にテイクアウトでお願いします」
「ホットとアイスがございますが……」
「アイス」
「かしこまりました」

 本日のコーヒーのアイスとアイスカフェモカというオーダーをレジに打ち込み、お釣りを返す。自分でも情けなくなるほど指が震えていて、早智子は自分の動揺の大きさを思い知った。
 片山に向けて注文を伝えてから、早智子は松下に向けて言った。

「では、あちらからお出ししますので、しばらくお待ちください」

 一瞬交わった視線を、不自然なタイミングでそらしてしまったことに早智子は気付いていた。けれどその場で謝る訳にもいかず、早智子はただ黙々と片付けを始めた。
 コーヒーをいれる片山に、小さくおつかれさまでした、とだけ伝え、彼が小さく頷いたのを確かめると、早智子はスタッフルームへと続くドアへと急ぎ、松下の視線の届かないところで、大きく大きく、息をついた。


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