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大学生と講師のシリーズ
揺るがないつめたさ(4年6月) 6

「……祥先生」
「なんですか」

 涙のあとの残る頬で、涙がまだ溢れようとする瞳で、震えて苦しそうな呼吸で、声で、それでも中村は言葉を紡ぐ。

「……諦めませんから、絶対に、」

 真っ直ぐに松下を見たまま、中村はそれを言い切る。けれど松下は冷めきった声で言い放った。

「無駄です」
「……無駄です、か」

 くす、と、中村がかすかに声を震わせて笑った。自分を嘲笑うような冷たく静かな笑い声だった。

「帰ってください。僕は君を、歓迎していません」
「知ってます、それは」
「学生らしい相談でならいつでも」
「……そうですか」
「無断で入るのももう、やめてください」

 返事をしないままに、中村がそっと瞳を伏せた。松下はその横を通り抜け、研究室の一番奥、パソコンの前に行く。
 松下は切っていたパソコンの電源を入れてから、空になったコーヒーカップを洗う。
 その間ずっと、中村は静かに佇んでいた。黙ったまま、ただ少しだけまわりを見回しながら。
 そのまま、松下は席についてメールチェックなどの雑務を始めた。けれど結局のところ、部屋にいるのが早智子のときほどには仕事に集中することも出来ず、松下は二杯目のコーヒーを入れ始めた。それだけに集中して、ゆっくりと。
 しばらく不自然な沈黙が続いた。松下は一人分しかコーヒーをいれていない。そのコーヒーが出来上がる頃、中村は静かに口を開いた。

「……じゃあ、先生、私にも本を貸して下さい」

 松下が彼女の顔を見たとき、彼女は薄く笑んでいた。その笑みの意味を深く考えることもしないまま、松下は、どうぞ、とだけ、答えた。

「ありがとうございます。……今日は、帰ります」

 折り目正しくそう告げた中村に、松下は少しだけ微笑みを返す。

「……気を付けて、今日は、すみませんでした」

 薄く笑んだままの中村は小さく会釈をすると、迷いなく本棚から一冊の本を手に取ると、部屋を出て行った。研究室の中の空気が弛緩するのを感じ、松下はひとつため息をつく。

(早智子さん、僕は、)

 コーヒーを飲みながら、松下はそっと心中で語り掛ける。

(僕は、優しくないみたいだ)
(君にしか、きみだけにしか)

 いつもより時間をかけていれたコーヒーは、奇しくも早智子が以前言っていた「焦らない」コーヒーの入れ方に近かったのか、早智子のいれるコーヒーに味が似ていた。(……それでも、きみは、)
(僕で、いい、と、言ってくれるのかな)

 それを思い出したら、ひどく早智子に会いたくなってしまった。
 今日はコーヒーショップのアルバイトの日だったろうか、あとで行ってみようか、と思いながら、松下はパソコンのキーボードを叩き始めた。



20090620



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あきゅろす。
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