大学生と講師のシリーズ
揺るがないつめたさ(4年6月) 4
松下はそう、考えていた。
「かわりじゃないよ、」
そう答えると、随分と嬉しそうな顔をした。けれどそれを全てぐちゃぐちゃに打ち壊すような一言を、松下は吐き出す。
「きみではかわりになどなれない」
はっきりと言い放ちながら、松下は彼女を見ている。ぎゅうときつく結ばれたくちびるが、強張ったのがわかった。
「君には隠れ蓑になってもらおうかな」
「……隠れ蓑……?」
「矢面に君を立たせておけば、三浦さんとは楽に会えるようになるからね」
切り捨てなければならない。諦めさせなければならない。自分は必要とされていないのだ、と、知らしめなければならない。
自分が言葉を吐く度に、中村が、だんだん青ざめていくのがわかる。そうさせるための言葉を吐きながら、けれど松下は、少し、彼女を哀れに思う。
(……三浦さんと会っていなければ、)
(付き合っていたかもしれないけど)
誰でもよかった。来る者を拒んだことはない。付き合っておいて邪魔にして、けれどそれでも、自分から拒んだことはない。けれど誰一人去る者を追ったことも、なかった。
けれど。
(出会ってしまったから)
(先に目が追ってしまったから)
早智子の顔を、指のつめたさを、思い出す。
「わ、たし……、そんな……、」
目の前で、震える、声。
けれど心は冷えている。最初から、付き合う気も、隠れ蓑にするつもりもない。拒んだことはない筈の人の好意を、松下は初めて拒もうとしている。
(彼女が、傷つくから)
(彼女に、軽蔑されたくないから)
今ここで、中村を傷つけても、早智子を傷つけたくない。
あからさまなエゴで傷つけられる中村に対しての申し訳ない気持ちよりも、早智子が傷つくことを、早智子に軽蔑されることを、おそれる気持ちの方が、強かった。
「君が言ってるのはそういうことだよ」
泣くより先に青ざめた中村が、少しずつ少しずつ、涙をためる。
「それが嫌なら、君は帰るべきだよ」
自分の声が、言葉が、ひどく冷たいものに聞こえる。松下はそれでも心の揺れない自分に、驚きながら、傷ついていた。
「……君は何か、誤解している。君が『学生』じゃなく、一人の人間として接して欲しいというのならそうしよう」
中村が泣き出しても、それは変わらなかった。中村の涙より、冷めきった自分の心に、松下の心が揺れていた。
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