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大学生と講師のシリーズ
揺るがないつめたさ(4年6月) 2

「……本を、投げないでください」

 静かに、松下は話し出す。既に、早智子の足音は遠くなって聞こえない。松下は手に取った本を手近な棚に置いた。

「祥先生」

 にっこりと、つやつやと光るくちびるを微笑みのかたちにして、中村が話し出す。松下は彼女を一度見てから、部屋の中へと進んだ。

「そーゆーの、残しとくタイプには見えないのに、意外とロマンチストなんですねー」

 くすくすと笑う中村の言葉に、けれど松下は答えない。まだ湯気のあがるコーヒーカップを手に取り、そこに立ったまま口をつける。
 まだ熱いそれは、早智子がいれていったものだ。松下の小さなコーヒーポットでは二人分をいれるのが精一杯だ。もとよりそれで困ることもない。
 一口、口に含んだそれは、とても早智子らしい味がした。

「それとも、三浦先輩を喜ばせるために?」

 中村の言葉に、松下は答えない。右手でカップを持ったまま、左手で本棚に手を伸ばす。パソコンの前に中村がいるために、ここで仕事にとりかかることはできない。けれど、全ての疑問に付き合う気にもならない。なれなかった。

「付き合ってもないのに、」
「君には関係ない」
「ありますよォ」

 松下は静かにコーヒーを飲む。中村もそれに従うようにコーヒーに口をつけた。いつも、早智子の使っているカップで。見慣れた早智子のものよりも幾分か艶めかしい唇がそれに触れるのは、松下にとって余り面白いことではなかった。

「美味しいですねー、コーヒー」

 無邪気に言ってみせる彼女からそっと視線をそらしながら、そうですね、とだけ答える。

「……ドアばっかり、見てますね」

 くす、と小さく笑った声で、中村が言う。無意識にそうしていた松下ははっとして中村を見た。

「そんなに気になるなら追いかけたらよかったんですよ」

 空になったらしいカップの淵についた口紅を、中村は自身の親指ですっと拭う。

「止めたのは君だよ、中村さん」
「止められても、行くべきだったんじゃないですか」
「勝手なことを言うね」

 絡んだ視線が、冷たい光をたたえていた。お互いに。ひどく部屋の中が寒々とした空気で満たされる。

(……涼しくていいかもしれないな)

 松下はそんな、関係ないことを思った。

「三浦先輩は、彼女じゃないんですよね?」
「ないですね」
「先生と学生だから?」

 松下はこれみよがしに、ため息をつく。早智子のいれたコーヒーを飲み干すと、コーヒーポットの横にそっと置いた。


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