大学生と講師のシリーズ
二人分のコーヒー(4年6月) 2
彼女の隣に立って、窓の外を見る。中庭の喫煙スペースで、中世文学担当の尾崎と話している松下の姿が見えた。
それなりに和やかに盛り上がっているらしい。会話の内容は勿論聞き取れはしなかったが、松下の表情を見れば何となく、わかる。早智子はふっと小さく笑ってから、彼女の方を見た。早智子より少し高いところにある彼女の瞳もやはり、こちらを向いた。
わずかにくちびるで笑んで見せ、早智子はまた、外を見る。
「……わたしのことは、よく知ってるみたいね?」
呟くように小さな声で、早智子がそっと訊ねると、彼女はくす、と笑う。
「さんざん噂になってますからね、三浦先輩と祥センセは」
「そうみたいね」
馬鹿にしたような口調で、彼女が話し出す。早智子は怒りもせず、さらりと答えた。受け流されて、彼女はまた、黙った。
「……名前は?」
早智子は静かに訊ねる。少しの沈黙のあと、早智子は諦めて先に話し出した。
「三浦早智子よ。四年生」
「知ってますよ」
「あなたは……中村さんだったわよね」
「中村顕子です」
もう一度視線を合わせると、どちらもがかすかに笑んだ。
しゅん、と、ポットのお湯が凛と鳴き出す。早智子はきびすを返して、ポットの元へと戻った。
背中に中村の視線を意識し、早智子はぴんと背筋を伸ばす。
「とりあえず言っておくけど……、部屋に勝手に入るのはルール違反だと思うわ」
コーヒーフィルターをセットしながら、早智子は静かに静かに、口にする。もう一度窓の外を見るために中村の横に並び、喫煙スペースに松下の姿がないことを確認すると、またポットの前に戻った。
「あなたは? 三浦先輩」
「今日は特別。授業の資料揃えの当番だから」
そう言うと、早智子はジーンズ地のショートパンツのポケットから一枚のメモを出す。松下の字で書かれたそのメモに書かれた本を探し出し、人数分コピーする仕事が、ゼミの中で当番制でまわってくるのだ。資料揃えに時間がかかるため、留守でも入室可、となっている。よくノックを無視してしまう松下にとって都合のいいルールでもあったが。
「彼女だからとか言えばいいのに」
中村が振り返る。その視線はつめたく尖っていて、早智子は一瞬、どきりと胸が揺れるのを感じた。
それでも、早智子はひとつ、笑った。
それから、コーヒー豆を二人分、フィルターに入れる。
「……彼女じゃないもの」
コーヒー豆の真ん中に小さな窪みを作ると、そこにゆっくりとお湯を注いだ。ふんわりとコーヒー豆が盛り上がってくるのを見ながら、早智子は答える。
[*前へ][次へ#]
無料HPエムペ!